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まだ国家公務員だった時にモーニングのちばてつや賞に応募した『気分は形而上』が佳作に入り「次号から連載開始」と書いてあるので(聞いてない)東京の椿山荘の授賞式に行った。直接、賞状を渡してくれたのはちば先生だった。あそこから私の漫画家人生が始まった。心より哀悼の意を表します。
【訃報】「あしたのジョー」漫画家のちばてつやさん死去 87歳
news.livedoor.com/article/de…
「あしたのジョー」「おれは鉄兵」などのヒット作で知られ、文化勲章を受章した漫画家、ちばてつやさんが死去したことがわかった。
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短い期間でしたが、直接薫陶を受けた者として今はちょっと何も言えません。
おそらく、もう少し時間が経つと気持ちが整理出来てくると思います。
ちばプロで過ごした日々は私にとって宝石のような思い出です。
ちばてつや先生、ありがとうございました。
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ちばてつや先生の突然の訃報に深い喪失感を覚えています。
少年漫画に、主人公の生活感から描く表現の革命を起こした方でした。
後進の漫画家にも優しく気さくに接し、よく一緒に遊んでくださる本当に楽しい方でした。
こんな懐の深い大漫画家は二度と現れません。
心よりご冥福をお祈りいたします。
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22歳の頃、すでに連載は三度打ち切りとなっていた。
担当編集者は「ラストチャンスだぞ」と励ましてくれて、そのつもりでネームを書き連載会議に提出し続けて一年ほどが経った。
その日会議の結果を待ち廊下に面した曇りガラスの向こうで過ごしていると会議終わりの編集者がぞろぞろと歩いてくる。
「森川ジョージという名前を見るだけで読む気なくなるよ」とハッキリと聞こえてきた。
残念そうにネームを返却する担当と会話を交わすことなくそのまま講談社別館に行き60ページを頭から書き直した。
先ほどの声が耳から離れない。
三度失敗したらそういう評価は当然だろうと思う。
ラストチャンスと奮い立たせてきたもののそれはもう使い果たしていたことを痛感した。
悔しさよりも悲しさが上回った。
憧れのあの人のいる雑誌から離れるという選択肢を迫られていることが悲しかった。
あの人の隣に並びたいのに自分にはあまりにも力が足りなかった。
もう記憶が曖昧だがおそらくこの時僕は泣いていた。
描いても描いても受け入れてもらえずついには会議でネームすら無視される。
連載を続けたかった。
漫画が上手くなりたかった。
でもあまりにも力が足りない。
どうしていいかわからない。
ずっと頭の中であの人に問いかけていた。
『漫画上手いって一体どんな気持ちですか?』
『漫画上手いって…』
答えてくれる人はいないけれどずっと問いかけた。
もはや考えているのはネームではなくそれだけ。
考えられないからそれをそのまま書いた。
『強いって一体どんな気持ちですか?』
もう何も出てこない。
これでダメなら漫画家をやめよう。
そう決心してネームを再提出した。
そして連載が決定した。
「はじめの一歩」はあの人へ問いかけで始まって、今も問いかけながら続けている。
いつか実際に聞いてみたかったが少し仲良くなってしまって照れくさくて口に出せなかった。
機会はたくさんあったのに。
はじめの一歩は僕の漫画家としての第一歩であり、あの人との悠久の会話の始まりだった。
もう答えてくれる人はいないけれど、これからもずっと問いかけていく。
『ちばさん、漫画上手いって一体どんな気持ちですか?』
ありがとうございました。
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斜にかまえた人も多い中でちば先生はマンガ家の長として発言される(本当に大事なときにしか発言されなかったけど)にふさわしい人格者であられたと思います。堂々たるメインストリームのマンガ家でありながらマンガ表現の多様性の大事さとそれらはすべて守られるべきという立場で常に話されていた。
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ちばてつや先生ご逝去の報に接し、
ひたすら驚き、まったく信じられずにおります。
ちば先生は松本の大切なお友達でした。
私にも小さい頃から温かく接してくださり、
大人になった今でも、お宅にお邪魔したり、お目にかかった際には、いつも優しいお声と笑顔で「マキちゃん」と声をかけてくださいました。
ちば先生、松本が今度はちゃんとした美味しいラーメンを作ってお待ちしていると思います。
タテだかヨコだか分からない分厚いビフテキも一緒に食べてやってください。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございました。
零時社 松本摩紀子
めちゃくちゃ的確な分析だと思います。
共感しかない💧
ちばてつや先生に触れたのはかなり遅く、大学時代だった。『あしたのジョー』復刻版からなぜか仲間内でジョーブームが起き、それからの話。
ちばてつや先生のマンガは凄い。学びの連続である。まず状況の説明、どのようにキャラを配置するか、吹き出しの位置、どうやったらキャラが立つか、近代のマンガ技術が全て詰まってる。
そのことに驚嘆したし、ちば先生以降の多くの近代マンガがこの教科書に従ってることを知った。
若い人には理解できないかもしれないが、君の尊敬するアレもコレも、元を辿っていくとたいがいは、ちば先生にいきつく。
マンガを映画にしたのは手塚治虫先生かもしれないが、マンガを今のマンガにしたのは ちばてつや先生だ。
多くの人間が、真似し、昇華し、新しい地平を切り開いた。
その上で、
その上でだ。
どうやっても、ああはならない。
いくら学んでも、いくら真似しても、
「ああ」はならないのだ。
先生のようなマンガにはならない。
なにがそれを成すのかは分からないが、
先生の世界には、キャラクターには、物語にはならない。ちば先生イタコ漫画家は基本的に不可能だ。
それは絵の力なのかもしれないし、ネームの力なのかもしれない。それが何か説明できたら、俺はもっといい「何者か」になってる。
無理だ。
ちばてつや力と言っていい。
超越した何かだ。
「アイディアが盗まれるのが怖いんです」という若手には「アホか、ちばてつやを見ろ」と言いたい。ちばてつやが描けば、必ずあの世界になる。アイディアなんかじゃない。
「ありきたりな物語しか思いつかないんです」という若手には「アホか、ちばてつやを見ろ」と言いたい。そんなに極端なことは起こらなくても、画期的なことは起こらなくとも、あそこまで切り込む漫画が描ける。
それがなにかが分からない。
分からないから、いつまでもちば先生の漫画は教科書だ。あそこには何かがある。まだ掘られてないんだ。輝く何かが埋まってるんだ。そう信じられる。
ちば先生の漫画は現役だ。今でも感動できる。今のマンガとして読める。
だからみんな読め、俺も読む。
学べるし、感動できる。
いつまでも今の物語だ。
ちばてつや先生、ありがとうございました。
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連載中の『ひねもすたりの日記』も読み続けていたし、ちばてつや先生は、これからもずっと漫画を描き続けていかれるのだと思い込んでいた。思い込みが過ぎると衝撃も強い。
あらゆる感受性と豊かな経験を駆使した素晴らしき漫画家人生,お疲れ様でございました。
写真は永井豪先生との3ショット
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偉大な才能というだけでなく、戦後子供たちの心を耕して現在の豊かな漫画文化の土壌を作った巨星だったと思う。私の世代にとっても空を見上げるといつもそこにある星で道標だった。おつかれさまでした、本当にありがとうございました。

































