
とある自称神さま(?)の使い魔。成人済み腐女子。 AITuberの開発を行ったり生成AIイラストで創作をしたりしてます。 音楽関係ポートフォリオ⇛https://xitter.cf/t.co/MlXpRp8b3J 自作プロンプトタグ⇛ #マツダのプロンプト屋さん
電子の世界「データリアム」(Data Realm)
Joined January 2026
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#フリー素材
皆さんの子たちがコラボしている所を見ていいな~と思ったのと、うちの子たちが好き勝手遊ばれている所を見たいのでうちのご主人さまこと「ミナ・レイス」と「マツダ」と「マツダ(人型)」をフリー素材化します🙌
ぜひ自由に遊んでね!✌️
ていうかいっそのことうちの創作キャラ全員フリー素材化したみなのでもしも「このキャラ使いたい!」ってリクエストありましたらぜひリプください☺️
🤖 Made with AI
マツダ retweeted
ナスからのビッグニュースナス!!
ナスがXに参上してから初めてのハロウィン🍆
みんなにお菓子をもらいに来たナス!
フォロー&RPでお菓子をくれた方の中から、抽選で10名様にAmazonギフトカード7,200円分をお返しするナス🎁
▼応募期間
2026年10月26日(月) 12:00 〜 11月1日(日) 23:59(日本時間)
▼応募方法
① @PixAI_Nasu をフォロー
② この投稿をいいね&リポスト
▼賞品
Amazonギフトカード 7,200円分(抽選10名様)
▼当選発表
11月8日(日)までにお知らせするナス
🍆11月6日からは第2弾「ナス創作コンテスト」も開催するナス🍆
詳しくは下のリンクをチェックして、今からどんなナスを作るか考えておいてほしいナス!
▼応募規約
blog.pixai.art/ja/nasu-hallo…
#ハロウィン #PixAI #プレゼントキャンペーン
マツダ retweeted
プライベートな空間でアップする用に作りましたが、褒めていただけて嬉かったのでXでもあっぷ…w
ブリジット誕生日おめでと画像です💛
セクノの3人に悪いので版権モノは挙げない、っていう超謎のこだわりがありますが…そこまで強いこだわりでもないので…笑
ユノ、ヒュノ、ナルキ、許してちょ😋✨✨
マツダ retweeted
#SousakuAI #SousakuHalloween2026
シーツおばけは、洗濯するとき
……体ごと洗うしかない。👻🧺
赤い靴下がまざっていたせいで、
まさかの全身ピンクに。
クレイアニメ風ショート
「おばけの洗濯日和」
マツダ retweeted
気になってた Tripo × Codex 向けのキット「きゃらくる/Charakuru」を Claude Code で使ってみました!
自分で描いた魔女っ子のラフから、表情・揺れもの付きのVRMまで。作業はほぼ Claude Code にお任せ、自分は確認と判断だけでした👏
流れとコツを簡単な解説動画にまとめましたのでぜひご覧ください!
【元絵】
自分で描いた手描きラフを GPT-Images 2.5 で四面図にして、正面・左・背面・右の4枚をきゃらくるに登録しました。
【使ったツール】
・きゃらくる v1.1.0
・Claude Code(ほぼ全工程)
・Codex CLI(画像生成だけ)
・Tripo Studio(Smart Mesh P2.0)
・Blender 5.2(別途MCPも導入)
【制作の流れ】
画像素材(Codex)
→ Tripo で3D候補(頭・体 各4候補)
→ セグメンテーション・Smart UV・4K再テクスチャ
→ 頭身調整(150cm)
→ リギング(ツインテール6骨×2・スカート8列×3)
→ 動作確認
→ 表情(目8・眉5)
→ Webで表示して動画に
完成モデルに使ったTripoクレジット:500
【Claudeで作業するときに気をつけたこと】
・クレジットを使う前に人が確認(参照画像の承認・予算と残高の記録)
・Tripo の返却物のクセ(回転・頂点の溶接・長いパス)はスクリプトで吸収
・安全フィルタで脚の背面図が生成できない → 下半身を1枚に
・OSのダイアログは自動化せず設定で解決
【品質が上がったポイント】
・首の太さ・ツインテールの長さ・横顔の比率を投入前にそろえた
・歩くと腕がスカートに埋まる → 原因はモーションではなく基本姿勢(腕が11°下がっていた)
・モーションに合わせた表情(笑顔・ウィンク)+自動まばたき
・MToon は顔の輪郭線オフ+影の位置を調整
【完成動画】
three.js+three-vrm でブラウザ表示し、6モーション+表情タイムラインを60fpsで書き出しました。
※口元の変形は違和感があったので今回は見送り、表情は目と眉で付けています。
以前、自力で Tripo と Claude Code、Blender でオリジナルキャラの3Dモデルを制作したのですが、
リギングやテクスチャ調整、パーツ分けにかなり苦戦しました。
きゃらくるを試してみた結果、それらの問題に悩まされることはなく、非常にクオリティの高いリギング済み3Dモデルを制作することができて最高でした...!
私のような3Dの専門的な知識があまりなくとも、こういった制作を楽しめるのは本当にありがたいですね!
Credits:
モーション:VRoid公式「VRMA_MotionPack」
キャラクターアニメーション: ピクシブ株式会社 VRoidプロジェクト
きゃらくる(GitHub):github.com/nanocle/Charakuru
#PR #Charakuru #Tripo #ClaudeCode #AI3D
Tripo P2.0 × Codexで1枚絵からキャラクターモデルを制作できる「きゃらくる/Charakuru」というキットを無料公開しました!
なんと、 Tripo様より正式にスポンサードしていただくことになりました!!!
Tripoだけでキャラクターモデルを制作しようとすると、顔がガビガビだったり、動きがおかしかったり、テクスチャが汚かったりしてしまいます…!
このキットはそれを解決します!
AIに丸投げするサービスではなく、エージェントをアシスタントとして共同でキャラクターモデリングをしていくタイプのローカルキットです!
GPT-6.1 Sol,GPT-6 AstraのComputer useを最大限生かしています!
丸投げしてしまうとクオリティがひどく、かといって人力でやると鬼ほどスキルが要求される問題の解決を目指しています。
自分がワークフローを共有したとしても再現性が無く、敷居も高かったので、いっそのことみんなが簡単に再現できるようなキットを作ってしまおうという感じで作りました!
僕が見つけたワークフローをローカルアプリやエージェントのSkillsに詰め込み、それをユーザーが再現できる形で配布しています。
動作にblenderを活用していますが、ユーザーが触ることはありません。
人間が行う必要のある作業は、アプリ上の簡単な操作で実現できるようにしています。
無料なのでぜひお試しください~!
※現在開発途中で足らない機能も多いですが、今後のアップデートで順次機能を追加していく予定です!
マツダ retweeted
Take it Away!!【AI Vocal】 youtu.be/BtDN7U996LY?si=NG-y… @YouTubeより
マツダ retweeted
へへイナルへヘンタジーへ 第二話 【長崎弁吹替版】4K HEHEINAL HEHENTASY HE episode 2 youtu.be/7nDxKGTP7f0?si=r2Kb… @YouTubeより
き、興味無いね…(チラチラチラチラチラ)
マツダ retweeted
注意喚起です
きゃらくるのUIに、既存のキャラクターモデルや映像を編集で重ねてあたかもきゃらくるで作ったように見せかけ、稼げることを名目に外部サイトや情報商材に誘導するポストが散見されています。
該当ポスト内ではこのアカウントをメンションしていますが、一切関係ありませんのでご注意ください!
マツダ retweeted
#ハロテイ
投票には、公式のディスコードへ参加する必要があります!
ハロテイ本編は2日間(10/29.10/30)のオンラインイベントで、日時を含めた最新情報は、底辺AI音楽フェス公式X(@teihen_ai_music)で発表されます。
特設ページはこちらです。
fes.wistaria-addict.com/hall…
FLOVA公式サイト
flova.ai
底辺AI音楽フェス
fes.wistaria-addict.com
#ハロテイ #キシ子
底辺AI音楽フェス 10/29-30YouTubeにて配信!! ======================
@flovaai @Flovaai_Japan #Flovaai #Flovacpp
“Made with Flova” =========================
インターホンの録画、見返したことはありますか。
うちの母は、毎晩見ています。
実家の玄関のインターホンを、5年前にカメラ付きのものに替えました。
誰かがボタンを押すと、その前後の映像が自動で残る。
父が家電量販店で3万円ちょっとで買ってきて、自分で取り付けたものです。
取り付けた本人は、録画機能のことをすぐに忘れました。
覚えていたのは、母のほうでした。
母は夕飯の片づけが終わると、台所の壁のモニターの前に立って、その日の録画を1件ずつ再生します。
宅配便、郵便書留、町内会の回覧板、ガスの点検。
多い日で6件、少ない日で1件。
魚眼レンズで撮った映像なので、玄関の前に立った人の顔が少し丸くふくらんで映る。
母はそれを、テレビドラマでも見るような顔で見ています。
一度、なんでそんなに見るのか聞いたことがあります。
母は「宅配の人が、帰り際に会釈していくのよ」と言いました。
荷物を置いて、ドアが閉まって、もう誰も見ていないはずなのに、カメラに向かって小さく頭を下げていく人がいる。
毎回同じ人で、毎回必ず。
母はそれを見るのが楽しみなんだそうです。
去年の年末、母はその宅配の人に、玄関先で直接みかんを渡したらしい。
「いつも会釈してくれてありがとう」と言ったら、その人はとても驚いた顔をして、それから「見られてたんですね」と笑った。
次の日の録画では、会釈がいつもより少しだけ深かったそうです。
母はその録画を、まだ消していません。
一人暮らしの僕の部屋には、インターホンのカメラはありません。
そのかわり、置き配の写真が届きます。
ネットで買ったものを玄関の前に置いてもらうと、配達した人がスマホで撮った写真が、通知で送られてくる。
荷物がちゃんとドアの前にありますよ、という証拠の1枚です。
去年の秋、その写真の撮り方が、急にうまくなった時期がありました。
それまでは、上からぱしゃっと撮っただけの、斜めにかしいだ写真だった。
ある日から、荷物がドアのど真ん中に、まっすぐ置かれて、少し引いた位置から、ドアの取っ手と部屋番号が一緒に入る構図で撮られるようになった。
段ボールの向きもそろっている。
小さな荷物のときは、その上にもう一つの小さな荷物が、ちょうど中央に重ねてある。
写真だけ見ると、どこかのインテリア雑誌みたいでした。
担当の配達員さんが替わったんだと思います。
3か月くらい、その完璧な置き配写真が続きました。
僕は荷物そのものより、写真が届くのを楽しみにするようになっていた。
年が明けて、また斜めの写真に戻りました。
担当がまた替わったのか、その人が疲れてしまったのか、わかりません。
あの3か月分の写真は、スマホのアルバムに「置き配」というフォルダを作って、今も残してあります。
母の録画のことを、少しだけ笑えなくなりました。
小学生のころ、近所のスーパーで、月に一度だけお菓子のつかみ取りをやっていました。
レジの横に大きな透明の箱が置いてあって、中に個包装の飴やチョコが山盛りに入っている。
1回100円。
片手を箱の穴に入れて、つかめただけもらえる。
箱の穴は、大人の手がぎりぎり通るくらいの大きさでした。
僕は毎月、母から100円をもらって、その箱の前に立ちました。
作戦はいつも同じでした。
指をできるだけ広げて、山のいちばん上をそっとすくう。
欲張って握りしめると、穴から手が抜けなくなる。
かといって力を抜くと、穴を通るときにぽろぽろこぼれる。
抜ける大きさと、こぼれない強さの、ちょうどあいだを探す。
小学3年の夏に、その月の最高記録の17個を取りました。
レジのおばさんが「すごいね」と言って、ホワイトボードに僕の名前を書いてくれた。
翌月、父が一緒についてきました。
自分もやってみたい、と言う。
父の手は大きくて、指も長い。
これは勝てる、と僕は思いました。
父は100円を払って、箱の穴に手を入れようとして、手首の手前で止まりました。
入らなかった。
父の手は、あの穴には大きすぎました。
レジのおばさんは、笑いをこらえながら100円を返してくれました。
その日、帰り道の父は少し静かでした。
僕は、その月は11個しか取れなかった。
父は僕の11個のうち、1個だけもらって、歩きながら食べていました。
いちごの飴でした。
インターホンを自分で取り付けた日の父のことも、母から聞いています。
業者に頼めば工事費が1万円近くかかると言われて、父は「そんなもん自分でできる」と言ったらしい。
休日の朝から、古いインターホンを外して、説明書を広げて、ドライバーを3本並べて作業を始めた。
母は台所から、ときどき様子を見ていました。
作業は、昼を過ぎても終わりませんでした。
配線の色が、説明書の図と違ったそうです。
父は脚立の上で、2本の線を持ったまま、30分くらい動かなかった。
そのあいだに、宅配便が1件来ました。
インターホンが外れていたので、配達の人はドアを直接ノックした。
脚立の上の父と、ドアの外の配達の人が、ドア越しに「すみません」「すみません」と言い合っていたそうです。
夕方、ようやく取り付けが終わって、父は母を玄関の外に立たせて、ボタンを押させました。
台所のモニターに、魚眼で少し丸くなった母の顔が映った。
父は「映った」と言って、満足そうに腕を組んだ。
その最初の録画は、今もモニターの中に残っているそうです。
母がときどき、会釈の録画と一緒に見返しているらしい。
会社のフロアの入口に、去年のハロウィンの時期、総務の人がお菓子のカゴを置きました。
オレンジ色のプラスチックのカボチャのカゴに、個包装のお菓子がたくさん。
横に手書きの紙が貼ってあって、「ご自由にどうぞ。おひとり様2個まで」。
フロアの人数は40人くらい。
カゴには、ざっと見て100個近く入っていました。
朝の9時に置かれたそのカゴは、昼の12時には空になっていました。
総務の人が首をかしげていた。
40人が2個ずつ取っても80個。
数字が合わない。
しかも、昼前に席を立っていない人も何人かいる。
誰かが、2個以上取っている。
犯人は、すぐにわかりました。
部長でした。
午後の会議で、部長がポケットから次々とお菓子を出して、会議テーブルの真ん中に積み上げはじめたんです。
チョコ、クッキー、グミ、ラムネ。
たぶん20個以上ありました。
「みんなで食べようと思って」と部長は言いました。
総務の人は会議室の隅で、何とも言えない顔をしていました。
会議が終わるころには、テーブルのお菓子はほとんどなくなっていました。
最後に1個だけ、ラムネが残った。
誰も手を出さないまま、会議は終わりました。
部長は会議室を出るとき、そのラムネを手に取って、総務の人の席まで持っていって「これ、残ってたから」と渡しました。
総務の人は「ありがとうございます」と言って受け取っていました。
もともと総務の人のお菓子です。
大皿の料理の、最後の1個。
誰も手をつけないまま、皿の真ん中にぽつんと残るあれです。
関西では「遠慮のかたまり」と呼ぶらしい、と大学の同級生に教わりました。
大阪出身の友人で、飲み会の最後に残った唐揚げを指さして「ほら、遠慮のかたまり」と言った。
名前がつくと、急にその1個が気になってくる。
その友人は、遠慮のかたまりを見つけると、必ず自分で食べる人でした。
「残したら店の人が困るやろ」と言って、ためらいなく箸を伸ばす。
飲み会のたびに、最後の1個はいつも彼のお腹に入っていった。
最初は図々しいと思っていました。
でも何回か一緒に飲むうちに、彼がいると、みんなが最後の1個を見つめて気まずくなる時間がない、ということに気づきました。
誰かが引き受けると、場がすっと軽くなる。
社会人になって、僕も最後の1個を食べるようにしています。
彼ほど自然にはできません。
一瞬だけ周りを見て、誰も見ていないのを確かめてから、そっと箸を伸ばす。
それでもたまに、向かいの人と箸がぶつかります。
そういうときは、相手に譲ります。
祖母は、おすそ分けの名人でした。
山の中の祖母の家には、近所の人がよく何かを持ってきました。
畑で採れたナス、川で釣った魚、法事のお下がりのまんじゅう。
玄関の上がりかまちに置いていって、「多かったけん」と言って帰っていく。
祖母は、もらったものを、必ずその日のうちに返していました。
ナスをもらったら、煮物にして小鉢に入れて持っていく。
まんじゅうをもらったら、自分の家の柿を紙袋にいっぱい詰めて持っていく。
返すときの量は、だいたいもらったときより多い。
すると今度は、相手がまた何かを持ってくる。
夏休みに遊びに行くと、祖母の家の玄関は、いつも誰かのおすそ分けと、誰かへのお返しで、行ったり来たりしていました。
一度、祖母に聞いたことがあります。
もらったぶんだけ返せばいいのに、なんで多く返すのか。
祖母は柿を袋に詰めながら、「同じだけ返したら、そこで終わってしまうけん」と言いました。
少しだけ多く返すと、相手はまた返したくなる。
それで、ずっと続く。
小学生の僕には、よくわからない話でした。
祖母が亡くなったあと、葬式に、知らないおばあさんがたくさん来ました。
みんな、紙袋を持っていた。
中身は、柿やみかんや、手作りの漬物でした。
祭壇の横に、紙袋が20個以上並んでいた。
最後のお返しを、みんなが持ってきてくれたんだと思います。
今年の夏、姉の一家と一緒に、大きな会員制の倉庫型スーパーに行きました。
天井が高くて、棚の上のほうまで段ボールが積み上がっていて、何もかもが大きい。
入口で、平らな荷台に取っ手のついた、台車みたいな大きなカートを借りました。
5歳の甥っ子が、そのカートを自分で押すと言って聞かなかった。
甥っ子の背は、カートの取っ手とほぼ同じ高さでした。
両手を伸ばして取っ手をつかんで、体重をかけて押す。
空のカートは、意外と軽く動きます。
甥っ子は得意になって、通路をまっすぐ進んでいきました。
お菓子の棚の前で止まって、1キロ入りのグミの大袋を両手で抱えて、カートの上にどさっと置いた。
姉が「1個だけね」と言いました。
甥っ子は「1個だよ」と答えました。
1袋に、グミは100個以上入っていました。
レジを通って、駐車場まで、甥っ子は最後までカートを押しました。
荷物が増えて重くなったカートを、顔を真っ赤にして押していた。
車に荷物を積み終わったとき、甥っ子はグミの大袋を開けて、中から1粒だけ取り出して、僕にくれました。
「おじさんのぶん」。
100個以上のうちの1個でした。
ちゃんと味わって食べました。
ハロテイの告知CMが、もう1本できました。
「底辺AI Halloween Night powered by FLOVA」、通称ハロテイの、ハッピーハロウィン篇です。
長さは55秒、横向き16:9。
画面は、玄関のインターホンのカメラの映像です。
魚眼レンズで、ドアの前が少し丸くゆがんで映っている。
夕暮れの外廊下を、吸血鬼の衣装を着た木のデッサン人形のキシ子が、空っぽの台車を押してやってきます。
ドアをノックすると、出てきたのは、お菓子のボウルを抱えた鳩の人。
鳩の人はキシ子の手のひらに、お菓子を1個のせてくれる。
キシ子はそれを台車に置いて、もう一度手を出す。
最後には、ボウルごと受け取って、台車にのせてしまいます。
それから、その山の中から1個だけ取り出して、鳩の人の手に返す。
ラストは、ハロテイのロゴと、開催日の「2026.10.29 THU — 10.30 FRI オンライン2日間開催」。
その下に小さく「きしこでした。……見に来てね」と出て終わります。
インターホンのカメラ越しに見ていると、どうしても母の顔が浮かびました。
母がこの録画を見たら、たぶん台車の持ち主より先に、鳩の人のほうを気にすると思います。
ボウルを全部持っていかれて、1個だけ返されて、それでも玄関の前に立っている。
帰り際に会釈くらいはしてあげてほしい、と母なら言いそうです。
それから、最後に1個だけ返すキシ子の手つきは、倉庫型スーパーの駐車場で、グミを1粒くれた甥っ子にそっくりでした。
ハロテイは、10月29日(木)と30日(金)の2日間、オンラインで開催です。
うちの母は、今夜もインターホンの録画を見ていると思います。
今日は何件だったのか、今度電話したときに聞いてみます。
▼こんな人に
インターホンの録画をつい見返してしまう人/宅配の人の会釈に気づいたことがある人/置き配の写真の撮り方が気になる人/祖父母がおすそ分けとお返しを繰り返していた人/子どものころお菓子のつかみ取りに燃えていた人/職場のお菓子カゴが一瞬で空になるのを見たことがある人/大皿の最後の1個をいつも気にしてしまう人/倉庫型スーパーの大きなカートを押したがる子どもがいる人/ハロウィンのトリック・オア・トリートが好きな人/ハロウィンの夜に見られるオンラインイベントを探している人/AI動画・生成AIのショート動画が気になる人/底辺AI音楽フェスやFLOVAが気になる人
マツダ retweeted
#ハロテイ いよいよ配信直前!
韓ドラシリーズも終わりか!?
ハロテイの縦型ショートドラマ「TRICK OR TRUTH」、サブタイトルは「黒幕」。
@flovaai @Flovaai_Japan #Flovaai #Flovacpp
“Made with Flova”
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実家に電話して、出た声を母だと思ったら姉だったこと、ありませんか。
僕は先月、それで三分間、姉に母のつもりで話していました。
日曜の夜九時でした。
実家に段ボール一箱ぶんのみかんを送っていて、届いたかどうか確かめたかった。
呼び出し音が四回鳴って、「はい」と女の人の声がした。
母の声だと思いました。
低めで、少しだけ語尾が上がる、いつもの「はい」です。
「この前送ったみかん、届いた?」
「届いたよ」。
「多すぎた?」
「ちょっと多い」。
「お父さん、腰どう?」
「まあまあ」。
「病院行った?」
「行ってない」。
「行けって言っといて」。
「言っとく」。
三分たって、電話の向こうの声が、急に笑いだしました。
「あんた、まだ気づかないの」。
姉でした。
たまたまその日、子どもを連れて実家に寄っていて、電話の一番近くにいたから出ただけだった。
みかんは本当に届いていて、本当に少し多くて、父の腰も本当にまあまあで、父は本当に病院に行っていなかった。
会話として、何ひとつ間違っていない。
間違っていたのは、相手が誰かという一点だけでした。
姉は電話を切る前に、「お母さんの声、私と似てる?」と、少し嬉しそうに聞いてきました。
母に代わってもらって同じことを聞いたら、母は「全然似てないわよ」と言った。
姉は電話の向こうで不満そうでした。
父に代わってもらったら、父は「似てる」と言った。
父は四十年、その二人の声を聞き分けてきた人です。
父が似ていると言うなら、たぶん似ている。
受話器越しだと、家族の声は、思っているより簡単に入れ替わります。
それ以来、実家に電話するときは、最初に「誰?」と聞くようにしています。
母は毎回「お母さんに決まってるでしょ」と怒る。
決まっていなかった夜が、一回あったんです。
去年の誕生日に、会社の同期五人がサプライズをしてくれました。
十一月の平日でした。
夕方、同期の一人から社内チャットで「ちょっと仕事の相談があるんだけど、今夜空いてる?」と連絡が来た。
相談の内容は書いていなかった。
深刻な話かもしれないと思って、駅前の居酒屋に七時に行きました。
店員さんに名前を言うと、奥の個室に通された。
扉を開けた瞬間、クラッカーが五発鳴りました。
テーブルの上には、僕の好きな洋菓子店のチーズケーキが置いてあった。
一ホール、四千二百円。
誰にも好きな店の話をした覚えはないのに、なぜか正しい店のケーキでした。
ろうそくは、年齢の数より三本多かった。
「間違えた」と誰かが言って、全員で笑った。
あとで聞いたら、計画は一か月前から動いていたそうです。
僕抜きのグループのトークルームまで作られていて、そこで店の予約、ケーキの手配、当日の呼び出し方まで、全部決めていた。
一か月のあいだ、五人とも毎日普通に僕と仕事をしていました。
誰も、一度も、ぼろを出さなかった。
僕は一か月、五人分の嘘に囲まれて、まったく気づかずに暮らしていたことになります。
いちばん驚いたのは、仕切っていたのが、普段いちばん無口な経理の同期だったことです。
飲み会でもほとんど喋らない人で、計画の話を持ちかけたのも、ケーキの店を突き止めたのも、彼女だった。
僕が半年前、昼休みにその店の紙袋を持っていたのを覚えていたそうです。
彼女はその一か月間、毎日普通に僕と昼ごはんを食べていました。
いつも通り、ほとんど何も喋らずに。
会の最後に、彼女はウーロン茶を飲みながら、「黒幕って、だいたい一番静かな人なんですよ」と言いました。
そのとき初めて、彼女がよく笑う人だと知りました。
実家では一時期、テレビのリモコンが毎晩なくなっていました。
僕が高校二年の冬でした。
夜の九時ごろ、父がニュースを見ようとすると、さっきまでテーブルにあったはずのリモコンがない。
ソファの隙間、新聞の下、冷蔵庫の上、トイレの棚。
家族総出で十分くらい探して、だいたい思いもよらない場所から出てくる。
一度は、洗濯機の中から出てきました。
三週間で、十一回なくなりました。
父は母を疑った。
母がドラマを見たあと、どこかに置き忘れているに違いない、と。
母は父を疑った。
父が酔っぱらって、どこかに持っていっているに違いない、と。
十一回目の夜、二人は本気で口をきかなくなりました。
夕飯のあいだ、テレビもつかず、箸の音だけが聞こえていた。
犯人を見つけたのは、僕でした。
夜中の二時にトイレに起きたら、居間の暗がりで、何かがごそごそ動いていた。
飼い猫のミケが、リモコンをくわえて、こたつの中へ運び込んでいるところでした。
ミケは三毛の雌で、当時十歳。
僕と目が合っても、リモコンを放さなかった。
こたつ布団をめくると、中にリモコンと、靴下が片方と、輪ゴムが七本と、父のボールペンが二本、きれいに並べてありました。
ミケの宝物置き場だったらしい。
翌朝、両親にこたつの中を見せたら、二人とも黙ってしばらく眺めていて、それから母が噴き出した。
父もつられて笑った。
猫から謝罪はなく、両親はなんとなく仲直りしました。
ミケはその後もリモコンを狙い続けたので、父はリモコンを首から下げる紐を百円ショップで買ってきた。
しばらくのあいだ、父は家の中で、首からリモコンを下げて歩いていました。
会社の忘年会の二次会で、部長の歌がうますぎたことがあります。
駅前のカラオケボックスの、十人入れる部屋でした。
部長は普段、会議でもほとんど声を張らない、穏やかな人です。
その部長が、マイクを握って、昭和の歌謡曲を入れた。
イントロが流れて、部長が歌い出した瞬間、部屋の空気が変わりました。
音程が完璧で、声に艶があって、サビの高音もまったく揺れない。
若手の何人かが、思わずスマホで録画しはじめた。
一番が終わったところで、新人の女の子が小さな声で「部長、プロみたい」と言いました。
部長は照れくさそうに笑って、二番を歌いはじめた。
二番の途中で、部長がお茶を飲もうとして、マイクを口から離した。
歌声は、止まらなかった。
部長が入れていたのは、ガイドボーカル付きの曲でした。
本物の歌手の声が、うっすら後ろで流れ続けていた。
部長の声は、そこにほとんど重なっていて、どこからが部長でどこからが歌手なのか、誰にも分かっていなかったんです。
お茶を飲んだまま固まる部長と、流れ続ける歌声。
部屋の全員が三秒くらい黙って、それから爆笑しました。
部長は最後まで歌い切りました。
後半はガイドボーカルに合わせて、口パクで。
採点画面には九十四点と出た。
新人の女の子が撮った動画は、その夜のうちに部署のグループに共有されて、翌朝、部長本人が真っ先に「いいね」を押していた。
部長の本当の声がどれくらいだったのかは、今も誰も知りません。
小学一年の夏祭りで、父の手を離して迷子になったことがあります。
近所の神社の夏祭りで、屋台が参道の両側に三十軒くらい並んでいた。
父は白いポロシャツを着ていて、僕は父の左手の人差し指と中指を握っていました。
金魚すくいの屋台の前で、水槽の中の黒い出目金に見とれて、ほんの数秒、手を離した。
顔を上げたら、白いポロシャツが、どこにもなかった。
人混みの中で、白いポロシャツの男の人は何人もいました。
一人目の背中を追いかけたら、知らないおじさんだった。
二人目も違った。
三人目を追いかけているうちに、自分がどこにいるのか分からなくなった。
二十分くらい泣きながら歩き回って、神社の社務所の前に張られた白いテントで、町内会のおばさんに保護されました。
「迷子のお知らせです」と、スピーカーから僕の名前が流れた。
自分の名前が、祭りの音楽の上を流れていくのが、すごく恥ずかしかったのを覚えています。
十分後、父が来ました。
白いポロシャツは汗でぐっしょり濡れていて、背中に地図みたいな染みができていた。
父は何も言わずに、僕の手を握りました。
指二本じゃなく、手のひら全部で。
帰り道、父はずっと手を握ったままでした。
いつもよりずっと強くて、指が痛かった。
痛いと言おうとして、父の顔を見上げたら、父はまっすぐ前を見ていて、言えなかった。
家の門の前で、父が一言だけ「次は離すなよ」と言いました。
離したのは僕なのに、父は自分に向かって言っているみたいな声だった。
父は今年、六十八です。
最近、実家に帰って一緒に歩くと、父のほうが少し遅い。
信号を渡るとき、たまに僕のほうが、父の腕に手を添えています。
三年日記をつけはじめて、今年で三年目になります。
一ページに同じ日付の欄が三段あって、一年目は一番上、二年目は真ん中、三年目は一番下に書く。
一日あたり五行くらいしか書けない、小さな日記帳です。
本屋で、税込み三千三百円でした。
二年目からは、今日の欄に書く前に、去年の同じ日の自分の文章が目に入る。
三年目になると、二年前と去年の自分が、上から並んでこっちを見ている。
今日、十月の終わりのページを開いたら、一番上の段に、三年前の僕がこう書いていました。
「雨。駅で傘を忘れる。コンビニで五百円の傘を買う。三本目」。
真ん中の段、去年の僕。
「晴れ。特になし。夜、カップ焼きそば」。
二年分、同じ日を並べると、自分がどれだけ同じことを繰り返しているかが、よく分かります。
三年前の僕は、十月だけで傘を三本買っていた。
去年の僕は、たぶん何も覚えていない一日を、「特になし」で済ませていた。
三年日記の面白いところは、過去の自分が、今の自分の答え合わせをしてくることです。
一年目の春に「来年はもっと早起きする」と書いてあって、二年目の同じ日に「起きたら十時」と書いてある。
三年前の自分が仕掛けた約束に、去年の自分が引っかかっている。
誰が黒幕なのかといえば、たぶん、一番上の段の自分です。
今日の欄には、「晴れ。日記を読み返して笑う」と書きました。
三年前の春、駅前の交差点で、自転車同士でぶつかったことがあります。
朝の八時過ぎ、僕は会社へ急いでいて、歩道を少し速く走りすぎていた。
角を曲がった瞬間、反対側から来た自転車と、前輪同士がこつんと当たった。
転ぶほどではなかったけど、相手の前かごから、紙袋が一つ落ちました。
中身は、パン屋のクロワッサンが四つ。
二つが袋から出て、歩道の上に転がった。
相手は二十代くらいの女性でした。
僕は自転車を降りて、何度も謝って、クロワッサンを拾った。
二つはもう食べられない状態でした。
「弁償します」と言ったら、女性は笑って「二つ残ったから大丈夫です」と言った。
それでも気が済まなくて、近くのパン屋まで一緒に行って、クロワッサンを二つ買って渡しました。
一つ二百二十円。
女性は「じゃあ、四つに戻りました」と言って、頭を下げて走っていった。
それから三年、そのことはほとんど忘れていました。
先月、会社の近くに新しくできたパン屋に入ったら、レジにいたのが、その女性でした。
僕はすぐには気づかなかった。
女性のほうが先に気づいて、「クロワッサンの人ですよね」と言った。
三年前に買ってきたクロワッサンは、この店の修業先のパンだったそうです。
その日から、女性は独立して、自分の店を開いていた。
レジの横に、焼きたてのクロワッサンが並んでいました。
一つ二百四十円。
三年で二十円上がっていた。
僕は二つ買いました。
女性は袋に三つ入れて、「一つは三年前のぶんです」と言った。
三年前にぶつかったことが、三年後にパンを一つ増やしていました。
日曜の夜の駅で、単身赴任の父を見送っていた時期があります。
僕が小学四年から六年までの三年間、父は大阪に単身赴任していました。
金曜の夜に帰ってきて、日曜の夜の新幹線で戻る。
毎週日曜の夜八時ごろ、母と弟と僕の三人で、駅の改札まで父を見送りに行った。
父は改札の前で、僕と弟の頭を一回ずつ撫でて、母に「じゃあ」と言って、改札を通っていく。
振り返るのは一回だけ。
エスカレーターに乗る直前に、片手を上げる。
小学五年の冬、一度だけ、父が改札の前で立ち止まったことがありました。
弟がその週、学校で友達と喧嘩をして、ずっと泣いていた。
父の上着の裾をつかんで、離さなかった。
父はしばらく黙って、それからしゃがんで、弟を抱きしめました。
改札の前で、三十秒くらい。
人の流れが、二人をよけて通っていった。
父は弟の背中を二回叩いて、「来週も帰ってくるから」と言いました。
弟は泣きながらうなずいて、裾を離した。
父はいつもより少し早足で改札を通って、その日はエスカレーターの前で、振り返らなかった。
帰り道、母が「お父さん、泣いてたね」と言いました。
僕には父の顔が見えなかったので、本当かどうか分かりません。
父に聞いたことは、一度もない。
大学の同じゼミに、毎年ハロウィンに同じ約束をしている二人がいました。
女の子のほうが、大学一年のハロウィンの夜に、男の子に「来年のハロウィンも、一緒にいてくれる?」と聞いたのが始まりだそうです。
付き合いはじめて三週間目でした。
男の子は「いるよ」と答えた。
翌年のハロウィンも、女の子は同じことを聞いた。
男の子は同じように答えた。
それが毎年の決まりごとになった。
二人とも、仮装はしません。
毎年十月三十一日の夜に、大学の近くのファミレスで、かぼちゃのパフェを一つ頼んで、半分ずつ食べる。
期間限定で、一つ八百九十円。
食べ終わったら、女の子が「来年のハロウィンも、一緒にいてくれる?」と聞いて、男の子が「いるよ」と答える。
それで終わり。
ゼミのみんなは、それを「パフェの儀式」と呼んでいました。
大学四年の秋、二人は一度別れかけたそうです。
就職先が東京と福岡に分かれた。
十月の初めに大喧嘩をして、二週間、口をきかなかった。
ゼミの誰もが、今年はパフェの儀式はないだろうと思っていました。
十月三十一日の夜、男の子は一人でファミレスに行って、かぼちゃのパフェを一つ頼んで、手をつけずに待っていたそうです。
九時を過ぎて、パフェのアイスが半分溶けたころ、女の子が来た。
向かいに座って、溶けたパフェを半分食べて、いつも通り聞いた。
「来年のハロウィンも、一緒にいてくれる?」
男の子は、いつも通り「いるよ」と答えた。
二人は遠距離を三年続けて、去年結婚しました。
結婚式の引き出物は、かぼちゃのパウンドケーキでした。
今年の十月三十一日も、二人は福岡のファミレスで、かぼちゃのパフェを半分ずつ食べる予定だそうです。
毎年同じ質問をして、毎年同じ答えを返す。
答えが分かっている質問を、あえて毎年する。
実家のアルバムには、父がほとんど写っていません。
僕が生まれてから高校を卒業するまでの十八年分、アルバムは十二冊あります。
運動会、入学式、家族旅行、誕生日のケーキ。
どのページにも、母と僕と弟と姉が写っている。
父が写っている写真を数えたことがあって、十二冊で二十三枚でした。
そのうち十五枚は、誰かに頼んで撮ってもらった集合写真。
理由は単純で、父がいつもカメラを持っていたからです。
家族の誰かが何かをするたびに、父は少し離れたところからシャッターを押していた。
運動会の徒競走も、父はゴールの横でカメラを構えていて、応援の声は一度も聞こえなかった。
旅行先の写真も、父の影だけが手前に長く伸びて写り込んでいるものが何枚もある。
写っていないけど、全部の写真に父はいる。
去年の正月、アルバムを家族でめくっていたとき、弟が「お父さん、ほとんどいないね」と言いました。
父は「撮ってたからな」と言った。
母が「たまには撮られる側になりなさい」と言って、スマホで父を撮ろうとした。
父は嫌がって、手で顔を隠した。
その写真は、手で顔を隠した父と、笑っている母の指が少し写り込んだものになりました。
十二冊のアルバムに、今年、二十四枚目が加わった。
小学三年のハロウィンに、近所の子ども会で、全身を白いシーツで覆ったおばけの仮装をしたことがあります。
シーツは母が押し入れから出してきた古いもので、目の位置に穴を二つ開けただけ。
顔も手も足も、全部隠れる。
子ども会の決まりで、仮装した子どもたちは六人一組になって、町内の十二軒を回ってお菓子をもらう。
大人の付き添いが一人つく。
二軒目の家で、玄関に出てきたおばあさんが、六人の顔を一人ずつのぞき込んで、名前を当てはじめました。
魔女の子、ドラキュラの子、かぼちゃの子。
仮装していても、顔が出ているので、全員すぐに当てられた。
最後に僕の前に来て、シーツの目の穴をじっと見て、おばあさんは首をかしげた。
「この子は、誰だろうね」。
誰にも正体が分からない、というのが、妙に嬉しかった。
僕はそのまま最後の十二軒目まで、一言も喋らずに回りました。
声を出したら、ばれるから。
お菓子をもらうときも、黙って頭を下げるだけ。
付き添いの大人も、途中から「白いのは誰の子?」と他の子に聞いていた。
最後の家を出たところで、待っていた母が、迷わず僕のシーツの頭に手を置いて、「おつかれさま」と言いました。
なんで分かったのか聞いたら、母は「歩き方」と言った。
十二軒回って、誰にも分からなかった正体を、母は一目で当てた。
シーツの下で、少しがっかりして、少しほっとしたのを覚えています。
去年の冬の夜、駅前で、知らない人に傘を貸したことがあります。
十二月の、冷たい雨の夜でした。
仕事の帰り、駅の改札を出たら、屋根の下に、スーツの若い男性が困った顔で立っていた。
雨は本降りで、男性は傘を持っていなかった。
僕の鞄には、折りたたみ傘が一本入っていて、手にはビニール傘を持っていた。
少し迷ってから、ビニール傘を男性に差し出しました。
「どうぞ、返さなくていいので」。
男性は何度も頭を下げて、受け取りました。
「必ず返します」と言うので、「本当に大丈夫です」と言った。
男性は駅前のロータリーを、ビニール傘をさして走っていきました。
僕は折りたたみ傘を広げて、反対方向に歩いた。
一週間後の夜、同じ駅の改札を出たら、駅員さんに呼び止められました。
「先週、傘を貸した方ですか」。
窓口に、ビニール傘が一本と、小さな紙袋が預けてあった。
紙袋の中には、コンビニのチョコレートと、メモが一枚。
「先週はありがとうございました。おかげで、大事な人との約束に間に合いました」。
名前は書いていなかった。
男性は、僕の顔も名前も知らなかったはずです。
毎晩改札の前で、似た背格好の人が通るのを待っていたのか、駅員さんに僕の特徴を伝えたのか。
どうやって僕にたどり着いたのか、今も分かりません。
ビニール傘は、今も玄関の傘立てにあります。
チョコレートは、その日のうちに食べました。
底辺AI音楽フェスとFLOVAのハロウィン企画「底辺AI Halloween Night powered by FLOVA」、通称ハロテイの縦型ショートドラマ「TRICK OR TRUTH」、第5話が出ました。
サブタイトルは「黒幕」。
第4話で、鳩頭の監視者から「3年前に亡くなっています」と告げられた南瓜仮面の男。
第5話は、その男が蓮を後ろから抱きしめるところから始まります。
「行くな。今度こそ離さない」。
蓮が聞く。
「3年前に……何があったの?」
字幕は今回も、韓国語と日本語の二段です。
テーブルの上の南瓜の彫刻が、また蓮の声で言う。
「その男を信じないで」。
そして、「あれは、君の声じゃない」。
彫刻の声の正体は、黄色いスーツの鳩頭の監視者の手の中にありました。
蓮がその手をつかんで、「あなただったの?」と聞く。
監視者が答えます。
「3年前のあの事故もです、代表」。
「すべては、仕組まれていた」と出て、「つづく」。
最後に、次回予告が入ります。
第6話のサブタイトルは「3年前」。
赤いマフラーの蓮が、穏やかに笑って「来年のハロウィンも、一緒にいてくれるよね?」と言う。
その後に、雨の夜の通りと、涙をためた蓮の「あなたが私を突き飛ばした」が続いていました。
経理の同期の「黒幕って、だいたい一番静かな人なんですよ」を、彫刻の声の正体が分かった瞬間に思い出しました。
鳩頭の監視者は、第1話から、ずっと館の奥に立っていた。
一番静かな場所で、全部を見ていた人です。
次回予告の「来年のハロウィンも、一緒にいてくれるよね?」は、福岡の二人が今年も交わすはずの言葉と、ほとんど同じでした。
答えが「いるよ」なのかどうかは、第6話で分かるのかもしれません。
ハロテイ本編は、今週の10月29日(木)と30日(金)、2日間のオンライン開催です。
▼こんな人に
韓流ドラマ・韓国ドラマのサスペンスが好きな人/黒幕が誰か考察するのが好きな人/「今度こそ離さない」みたいな台詞に弱い人/電話で家族の声を間違えたことがある人/サプライズを仕掛けたことも、仕掛けられたこともある人/お祭りで迷子になったことがある人/毎年同じ約束をしている人/縦型ショートドラマの続きが気になる人/ハロウィンの仮面、ジャック・オー・ランタン、鳩の被り物が好きな人/AIドラマ・AI動画・生成AIの映像が気になる人/底辺AI音楽フェスを見ていた人/「TRICK OR TRUTH」第1話〜第4話を見た人
#ハロテイ 底辺AI音楽フェス
いよいよカウントダウン! 10/29-30YouTubeにて配信!!
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ハロテイ韓ドラCM第四弾
@flovaai @Flovaai_Japan
#Flovaai #Flovacpp “Made with Flova” =========================
スマホの友だちリストに、もういない人の名前、残っていませんか。
僕のリストには、三年前に亡くなった友人が、まだいます。
大学のサークルの同期でした。
アイコンは、本人が撮ったベランダの朝顔の写真。
青紫の花が三つ、朝の光で少し透けている。
彼は毎年五月の連休に朝顔の種をまいて、夏になると、咲いた花の写真をグループに送ってきた。
誰も頼んでいないのに、毎朝。
七月から九月まで、ほぼ毎日です。
グループの誰かが「今日も咲いてる」と返すと、彼は「今日も咲いてる」とだけ返した。
三年前の十一月に、病気で亡くなりました。
三十一歳でした。
入院していたことを、僕は亡くなる二週間前まで知らなかった。
最後のやりとりは、その年の八月です。
彼がいつものように朝顔の写真を送ってきて、僕が個別に「最近どう、また飲もう」と送った。
既読がついて、返事は来なかった。
忙しいんだろう、と思っていました。
友だちリストから、彼を削除するタイミングを、三年間ずっと逃しています。
消そうと思ったことは、何回かあります。
スマホを機種変更したとき。
リストが長くなって整理したとき。
そのたびに、朝顔のアイコンのところで指が止まる。
消したら、あの「また飲もう」の既読も一緒に消える。
既読が一つついている、という事実だけが、彼が最後に僕の言葉を見た証拠です。
困るのは、誕生日です。
毎年七月が近づくと、アプリが「もうすぐ誕生日の友だちがいます」と教えてくれる。
彼の名前と、朝顔のアイコンが、ほかの友だちと並んで出てくる。
去年は仕事帰りの電車で、ぼんやりしていて、誕生日のスタンプを送りかけました。
ケーキを持ったクマのスタンプです。
送信ボタンの三ミリ手前で、親指が止まった。
そのあと、駅を一つ乗り過ごしました。
同じグループの別の同期に、この話をしたことがあります。
彼女も、まだ消していないと言っていました。
「消さないでおくと、たまにアイコンが変わるんじゃないかって思っちゃう」。
変わるはずがないのは、二人とも分かっている。
朝顔は三年前の朝のまま、ずっと咲いています。
葬儀が終わった翌年の七月、サークルのグループに、一枚の写真が届きました。
送ってきたのは、彼と仲のよかった後輩です。
ベランダのプランターに、青紫の朝顔が二つ咲いている写真。
後輩は、彼の部屋を片づけたご両親から、去年の朝顔の種を分けてもらって、五月の連休にまいたそうです。
写真には、一言だけ添えてありました。
「今日も咲いてる」。
グループの誰も、すぐには返事をしなかった。
十分くらいして、誰かが「今日も咲いてる」と返した。
それから、次々に同じ言葉が並んだ。
僕も打ちました。
「今日も咲いてる」。
八人分、同じ一行が縦に並んで、それで終わりました。
その夏、後輩は九月まで、ほぼ毎朝写真を送ってきた。
返す言葉は、毎回同じでした。
学芸会で、前の日に主役が熱を出したことはありますか。
小学三年の秋、クラスの劇は「ももたろう」でした。
僕の役は「犬その二」。
犬は三匹いて、僕は二番目にきびだんごをもらう係です。
台詞は三つだけ。
「ワン」と、「ももたろうさん、どこへ行くのですか」と、「お供します」。
練習のあいだ、僕はほとんど舞台の端で四つんばいになっていました。
本番前日の朝、主役の子が三十八度五分の熱で休みました。
担任が教室を見回して、なぜか僕と目が合った。
理由は今も分かりません。
たぶん、四つんばいで待っているあいだ、ずっと主役の台詞を小声でなぞっていたのを見られていたんだと思います。
「〇〇くん、できる?」と聞かれて、僕は「できません」と言うつもりで、「はい」と言っていました。
その夜、母と台所のテーブルで台本を読みました。
主役の台詞は四十二個。
母が鬼や犬や猿や雉の台詞を全部読んで、僕が主役を返す。
母の鬼は妙にうまかった。
十一時まで続けて、四十二個のうち、四十個くらいは頭に入りました。
入らなかった二個のうちの一つが、きびだんごを渡す場面の台詞でした。
本番、きびだんごの場面で、案の定、台詞が飛びました。
頭が真っ白になって、何も出てこない。
仕方なく、黙ってきびだんごを差し出した。
そうしたら、犬その一の役の子が、勝手にだんごを受け取って「ありがとう、ももたろうさん」と言ってくれたんです。
台本にない台詞です。
客席から、小さな笑いが起きました。
劇はそのまま進んで、最後まで行った。
客席の母は、ビデオカメラを回しながら泣いていたそうです。
台詞が飛んだところで泣いたのか、最後まで行ったところで泣いたのかは、聞いていません。
そのビデオテープは実家のどこかにあるはずですが、誰も見返したことがない。
翌週、元の主役の子が元気に登校してきました。
休み時間に僕の席まで来て、「どうだった?」と聞いた。
僕は「代わりにやっただけ」と答えました。
その子は少し考えてから、「ありがとう」と言った。
代役にお礼を言われたのは、あれが最初で最後です。
次の年から、僕はまた犬とか木とか、台詞の少ない役に戻りました。
それで十分でした。
代役といえば、小学四年の運動会の「お父さんリレー」に、叔父が出てくれたことがあります。
その年、父は単身赴任で、運動会の日に帰ってこられなかった。
クラスで父親が来ないのは、僕を入れて三人。
リレーは各クラスから五人ずつ父親が走る決まりで、うちのクラスは人数が足りなかった。
前の晩、母が電話で叔父に頼みました。
叔父は母の弟で、当時三十五歳、独身、趣味はパチンコ。
運動とは無縁の人です。
当日、叔父は紺のジャージに、なぜか革靴で来ました。
運動靴を持っていなかったそうです。
アンカーの一つ前、第四走者。
バトンを受け取った叔父は、最初の五十メートルを、信じられない速さで走りました。
観客席がざわついた。
そして、残り三十メートルで、革靴が片方脱げた。
叔父は止まらずに、片足だけ靴下で走り切って、アンカーにバトンを渡した。
クラスは三位でした。
走り終わった叔父は、脱げた革靴を拾いに戻って、トラックの真ん中で靴を履き直しながら、観客席の僕に手を振った。
クラスの友達に「あれ、お前の父ちゃん?」と聞かれて、僕は「代わりのおじさん」と答えました。
「代わりのおじさん、速いな」と言われた。
その夜、単身赴任先の父から電話があって、母がリレーの話をしたら、電話の向こうで父がしばらく黙っていたそうです。
叔父は翌年、運動靴を買いました。
父はその次の年から、運動会の日だけは必ず帰ってくるようになった。
高校一年の正月、祖母の手を握ったことがあります。
正月の二日、親戚の集まりが終わって、祖母の家の玄関で靴を履いていた。
祖母が見送りに出てきて、帰る僕の右手を、両手で包みました。
びっくりするくらい冷たかった。
真冬の玄関で、祖母は靴下も履いていなかった。
「冷たいね」と僕が言うと、祖母は笑って「手が冷たい人は、心があったかいんだよ」と言いました。
どこかで聞いたことのある言い回しです。
大人になってから調べてみたら、医学的な根拠のない言い伝えでした。
冷え性は血の巡りの問題で、心の温度とは関係がない。
当たり前の話です。
でも、あの冷たい手で包まれたあとに言われると、信じたくなる。
祖母は僕の手を包んだまま、十秒くらい離さなかった。
「また来なさいね」と言って、ようやく手をほどいた。
帰りの車の中で、右手だけがしばらく冷たいままでした。
左手でさすっても、なかなか温まらなかった。
祖母はその四年後に亡くなりました。
最後に会ったとき、病院のベッドで握った祖母の手は、意外なくらい温かかった。
点滴のせいだと看護師さんは言った。
僕は、あの正月の玄関の冷たい手のほうを、祖母の手として覚えています。
冬の夜、自販機の「あったか〜い」の缶を、飲まずに握っていたことはありますか。
社会人一年目の一月、終電を逃して、駅から家まで四十分歩いたことがあります。
気温は二度。
手袋は会社に忘れてきた。
十分歩いたところで指先の感覚がなくなって、途中の自販機で、百三十円のホットのミルクティーを買いました。
飲むためじゃなく、握るために買った。
両手で缶を包むと、手のひらがじんじんして、少しずつ指が戻ってくる。
残りの三十分、ミルクティーは一口も飲みませんでした。
右手で握って、冷えてきたら左手に持ち替えて、コートのポケットに入れて、また出す。
家に着いたころには、缶はすっかりぬるくなっていた。
ぬるいミルクティーを、玄関で立ったまま一気に飲みました。
甘すぎて、少しむせた。
あの夜のミルクティーは、飲み物というより、四十分ぶんの湯たんぽでした。
今でも冬になると、自販機の前で、飲みたいものより温かそうなものを選んでしまうことがあります。
コーンポタージュの缶は、最後の粒が出てこないので、握る専用にしている。
手が冷たいと、とりあえず何か温かいものを握りたくなる。
冷たいものに触れたときの体の反応は、たぶん、心より正直です。
美容院のシャンプー台で、顔に白いガーゼをかけられる瞬間が、昔から少し苦手です。
仰向けに倒された椅子の上で、美容師さんが「お顔に失礼します」と言って、薄いガーゼをふわっとかける。
視界が白くなって、天井の照明がぼんやり透ける。
水の音と、美容師さんの指の感触だけになる。
顔を隠されると、自分がどんな表情をしているのか、急に分からなくなるんです。
口が半開きになっていないか、眉間にしわが寄っていないか。
ガーゼ一枚の下で、ずっと表情を作り続けてしまう。
先月、いつもの美容院で、二十代の新人の美容師さんにシャンプーをしてもらいました。
ガーゼをかけたあと、彼女が小さな声で「お湯加減いかがですか」と聞いた。
僕は「ちょうどいいです」と答えた。
少しして、もう一回「お湯加減いかがですか」。
「ちょうどいいです」。
三回目に聞かれたとき、ガーゼ越しに、彼女の手が少し震えているのが分かりました。
たぶん、その日が初めてのお客さんだった。
シャンプーが終わってガーゼを外されたとき、彼女は真っ赤な顔をしていました。
「ありがとうございました」と言うと、彼女は深く頭を下げた。
ガーゼの下で、僕がどんな顔をしていたのかは分かりません。
彼女の顔は、ガーゼの外からずっと見えていたはずなのに、僕は一度も見ていなかった。
実家の仏間に、祖父の遺影が飾ってあります。
写真の祖父は、六十代の半ばくらい。
グレーのスーツを着て、少し照れたような顔で笑っている。
親戚の誰かの結婚式で撮った写真を引き伸ばしたものだそうです。
祖父は七十八歳で亡くなったので、遺影は亡くなる十数年前の顔です。
子どものころは、毎年お盆に仏間に入るたびに、写真の祖父を見上げていました。
僕が小学生のときは、写真の祖父はずっと年上の「おじいちゃん」だった。
中学、高校と進んでも、写真の祖父は同じ顔で笑っている。
こっちだけが、毎年少しずつ年を取っていく。
去年のお盆、仏間で線香をあげながら、ふと気づきました。
写真の祖父と僕の年の差が、子どものころよりずっと縮んでいる。
あと二十年もすれば、僕は写真の祖父と同い年になります。
写真の中の人は、年を取らない。
三年前でも、三十年前でも、同じ顔のまま、こっちが追いついていくのを待っている。
父に言ったら、父は「俺はもう、親父の写真より年上だ」と言いました。
父は今年、六十八です。
父が写真の祖父を見上げる角度は、たぶん、僕とはもう違っている。
小学五年のとき、弟と最後のプリン一個をめぐって本気の喧嘩をしました。
三個パックのプリンでした。
一個目は僕が食べて、二個目は弟が食べた。
三個目を、二人とも自分のものだと思っていた。
僕は「お兄ちゃんだから」と言い、弟は「昨日お兄ちゃんがアイス二個食べた」と言った。
アイスの件は事実だったので、少し分が悪かった。
二人で台所の母のところへ行って、「どっちの味方なの」と詰め寄りました。
母は夕飯の支度をしながら、しばらく僕たちの言い分を聞いていた。
それから冷蔵庫を開けて、三個目のプリンを出して、スプーンで真ん中から二つに割りました。
カラメルが偏って、片方はほとんど黄色い部分だけになった。
「お母さんは、プリンの味方」。
半分ずつ食べながら、二人とも納得していませんでした。
カラメルの多いほうを取った弟も、なぜか不満そうだった。
味方をしてもらえなかった、という気持ちだけが残る。
あとで知ったんですが、母はその日、四個目のプリンを別に買ってあって、自分で食べるつもりで野菜室の奥に隠していたそうです。
十年以上たってから、正月に母が笑いながら白状しました。
弟は本気で怒っていた。
味方を聞かれた人が、いちばん大事なものを、別の場所に隠していることがある。
子どものころ、夜中のトイレが怖かった人は多いと思います。
僕の実家のトイレは、廊下の突き当たりにありました。
子ども部屋からトイレまで、暗い廊下を七メートル。
途中に、祖父の代から使っている古い柱時計があって、振り子がこち、こち、と鳴っている。
廊下の電気のスイッチは、トイレの側にしかなかった。
つまり、真っ暗な七メートルを、まず歩かないといけない。
小学二年の冬、夜中の二時に目が覚めて、どうしてもトイレに行きたくなった。
弟を起こそうとしたけど、起きなかった。
意を決して廊下に出た瞬間、柱時計が二回鳴りました。
ぼーん、ぼーん。
その音で足がすくんで、廊下の真ん中で動けなくなった。
暗闇の奥に、何か白いものが立っている気がした。
五分くらい固まっていたら、白いものが動いて、「何してるの」と言いました。
母でした。
白いのは母のパジャマでした。
母も、同じ時間にトイレに起きていたんです。
二人で笑って、母が廊下の電気をつけてくれた。
明るくなった廊下には、柱時計と、母と、パジャマの僕しかいなかった。
それ以来、夜中に廊下で何かが立っている気がしたら、たぶん母だと思うようにしています。
実家に帰ると、今でも夜中にトイレに起きた母と、廊下ですれ違うことがある。
母は七十歳になっても、白いパジャマを着ています。
前の会社で、部長と課長の意見が真っ二つに割れた会議があります。
新しい商品の発売日を、年内にするか、年明けにするか。
部長は年内派で、課長は年明け派。
三十分議論して決着がつかず、部長が急にこっちを向いて言いました。
「君はどっちの味方なんだ」。
入社三年目の僕は、会議室の端で議事録を取っていただけでした。
部長も課長も、こっちを見ている。
課長は僕の直属の上司で、部長はその上司。
どっちを選んでも、どっちかに角が立つ。
五秒くらい黙ったあと、僕は「議事録の味方です」と言いました。
自分でも何を言っているのか分からなかった。
会議室が一瞬静かになって、課長が噴き出して、部長も笑った。
その日は結論が出ないまま解散して、翌週、年明けの発売に決まりました。
会議のあと、課長に「助かった」と言われ、部長には「うまく逃げたな」と言われた。
両方の味方をしたつもりはなかったのに、両方から少しずつ信用されて、少しずつ疑われた気がします。
誰の味方かを聞かれたとき、答えられる人は、たぶん最初から決まっている人だけです。
祖母が亡くなったと電話で聞いたとき、僕は最初に「嘘」と言いました。
大学二年の十月でした。
朝の七時に、父から電話が来た。
普段、父から電話が来ることはほとんどない。
着信画面に「父」と出た時点で、なんとなく分かっていた気がします。
父は「おばあちゃん、今朝亡くなった」とだけ言った。
僕は「嘘」と言いました。
嘘じゃないことは分かっていたのに、口から出たのは、その一言でした。
父は怒りもせず、「うん」と言った。
それから三十秒くらい、二人とも黙っていました。
電話の向こうで、父が鼻をすする音がした。
父が泣いているのを、あのとき初めて聞いた。
あとで同じ話を友人にしたら、彼女も、父親が亡くなったと聞いたときに「嘘でしょ」と言ったそうです。
別の友人は「冗談やめて」と言った。
みんな、本当のことを聞いた瞬間に、まず嘘であってほしいと口に出す。
「嘘」は、信じたくないことを信じるための、最初の一歩なのかもしれません。
大学時代の友人夫婦の結婚式で、新郎のスピーチが短すぎたことがあります。
新郎と新婦は、高校一年のクラスで出会った二人でした。
四月の最初の席替えで、たまたま隣の席になった。
それから三年間、席替えは学期ごとに八回あったのに、二人は一度も隣にならなかったそうです。
新郎は毎回、くじを引くたびに「今回こそ」と思っていた。
八回とも外れた。
卒業式の日に、新郎がようやく告白して、それから十年付き合って結婚した。
披露宴の最後、新郎が手紙を読む時間になりました。
みんな、十年分の長い手紙を覚悟していた。
新郎はマイクの前に立って、便箋を一枚だけ広げて、新婦のほうを向いて、「最初の席替えから、ずっと君でした」とだけ言いました。
それで終わり。
便箋には、ほかにも何か書いてあったはずですが、彼はそれ以上読まなかった。
会場は三秒くらい静かになって、それから新婦が泣きだして、拍手が起きた。
あとで新郎に聞いたら、便箋には三枚分の文章を書いてきたのに、新婦の顔を見たら全部どうでもよくなった、と言っていました。
三枚分の言葉より、一行のほうが届くことがある。
新婦は今でも、その便箋を、読まれなかった部分も含めて、財布に入れて持ち歩いているそうです。
夜中に母のLINEの既読がつかないと、少しだけ心配になります。
実家の母は七十歳で、去年からLINEを使いはじめました。
最初は文字を打つのが遅くて、返事は全部スタンプだった。
最近はすっかり慣れて、夜九時ごろになると、その日の夕飯の写真が送られてくる。
煮物とか、焼き魚とか、父が残したおかずとか。
僕が「おいしそう」と返すと、すぐに既読がついて、猫のスタンプが返ってくる。
先月、夜十時に、仕事の帰り道で母に送ったLINEに、既読がつかなかった。
いつもなら一分以内につくのに、十分たっても、二十分たっても、つかない。
家に着いても、風呂に入っても、まだ未読のまま。
布団に入ってからも、何回もスマホを確認しました。
電話しようか迷って、夜中に鳴らしたら逆に驚かせると思ってやめた。
翌朝の六時に、既読がついて、返事が来ました。
「昨日は九時に寝ちゃった」。
それだけでした。
拍子抜けして、それから少し笑った。
既読が一つつくだけで、こんなに安心するんだと思いました。
母は今も、夜九時に寝る日があるそうです。
メキシコには、十一月の一日と二日に「死者の日」というお祭りがあります。
亡くなった家族が、年に一度帰ってくる日です。
家に「オフレンダ」と呼ばれる祭壇を作って、故人の写真と、好きだった食べ物や飲み物と、オレンジ色のマリーゴールドの花を飾る。
マリーゴールドの強い香りと色が、帰ってくる人の道しるべになると言われています。
骸骨をかたどった砂糖菓子を並べたり、骸骨のメイクをして街を歩いたりもする。
日本でいうお盆に近い行事ですが、もっと明るくて、賑やかです。
映画の「リメンバー・ミー」で知った人も多いと思います。
あの映画には、祭壇に写真を飾ってもらえない死者は橋を渡って家族に会いに行けず、生きている誰からも忘れられると、あの世からも消えてしまう、という設定がありました。
生きている誰かが覚えていてくれるかぎり、死んだ人はいなくならない。
ハロウィンの次の日から、死者の日が始まる。
十月の終わりから十一月の初めにかけて、世界のあちこちで、帰ってくる人のための灯りがともります。
僕の朝顔のアイコンも、たぶん、似たようなものです。
消さずに置いてあるかぎり、彼はリストの中に咲いている。
底辺AI音楽フェスとFLOVAのハロウィン企画「底辺AI Halloween Night powered by FLOVA」、通称ハロテイの縦型ショートドラマ「TRICK OR TRUTH」に、第4話が出ました。
サブタイトルは「亡霊」。
第3話は、南瓜仮面の男の手を取るか、蓮の声で喋る南瓜の彫刻を信じるか、という二択で終わっていました。
第4話は、その南瓜の彫刻が、蓮の声で言うところから始まります。
「こっちへ来て。あなたは私の代役にすぎない」。
蓮の背中に向かって、仮面の男が言う。
「代役でも構わない」。
「あなたは……誰の味方なの?」と聞く蓮に、男は「最初から、君だ」と答えます。
字幕は今回も、韓国語と日本語の二段です。
蓮が、男の仮面の頬にそっと手を添える。
画面に出る一行。
「触れた仮面は、氷のように冷たかった」。
そこへ、黄色いスーツの鳩頭の監視者が告げます。
「代表、その方は3年前に亡くなっています」。
蓮の目から、涙がひと筋落ちる。
「……嘘」。
最後に「彼は、亡霊なのか」と出て、「つづく」。
今回も最後に、「仮面の男の正体は?」という問いと、Aの「3年前に死んだ亡霊」、Bの「まだ生きている」の二択が出て終わります。
「3年前」の字幕を見た瞬間、僕の親指は、ポケットの中のスマホのほうへ動きかけていました。
朝顔のアイコンは、今夜もリストの中にあります。
三年前の朝のまま、青紫の花が三つ。
今年の七月も、アプリは彼の誕生日を教えてくれた。
クマのスタンプは、今年も送らなかった。
「また飲もう」の下に、既読が一つ。
あれを消せる日が来るのかどうか、まだ分かりません。
ハロテイ本編は、10月29日(木)と30日(金)の2日間、オンラインで開催されます。
▼こんな人に
韓流ドラマ・韓国ドラマのラブストーリーが好きな人/「最初から、君だ」みたいな一言に弱い人/スマホに、もういない人の連絡先が残っている人/学芸会で代役をやったことがある人/おばあちゃんの手の冷たさを覚えている人/縦型ショートドラマの続きを考察するのが好きな人/ハロウィンの仮面、ジャック・オー・ランタン、亡霊の話が好きな人/メキシコの死者の日や「リメンバー・ミー」が好きな人/AIドラマ・AI動画・生成AIの映像が気になる人/底辺AI音楽フェスを見ていた人/「TRICK OR TRUTH」第1話〜第3話を見た人
マツダ retweeted
#ハロテイ 開催まであと3日!
またまた応援動画を作りました👻🎃🍭
10/29、10/30はみんなでハロテイ💀🎃🕸
youtube.com/shorts/1SEC5DSZb…
マツダ retweeted
底辺AI〜Halloween Night〜
#ハロテイ
10/29木曜
10/30金曜
ハロテイ特設ページ⤵️
fes.wistaria-addict.com/hall…
FLOVA公式サイト
flova.ai
🎃 Halloweenの日本版!?
栃木など北関東に伝わる「ぼうじぼ」は、子供たちが藁の棒で地面を叩き、歌いながらご近所を回る秋の伝統行事🌾
お菓子をもらうハロウィンとは違うけど、なんだか似てる!おやつももらってた。今はあんまり見なくなっちゃったもち🥺
ぼうじぼ、ゴシックなハロウィンソングにしてみましたもち👻🍓
お餅90はハロテイを応援します٩(๑´0`๑)۶🍓そして出演もちします😊
※音出るよ。
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#ハロテイ
現時点で、動画エントリーいただいた人達です!
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