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プラユキ師「瞑想実践会35」募集開始!(アーカイブ配信あり)
久しぶりに3時間かけて気づきの瞑想に取り組む、本格的オンライン瞑想会を開催
30分のノンストップ手動瞑想もします。参加者の質問にもじっくり答えていただく予定。気づきの瞑想を身につけていきたい方、ぜひご参加を!
申込先コメント↓
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◾️11/7(土)19〜22時
法話と瞑想の集い「握る手を、ひらく――アーナーパーナ・サティ/心への気づき、法への気づき」(オンライン ※アーカイブ配信あり)
前回は、アーナーパーナ・サティの第9〜11段階、心(チッタ/citta)への気づき。心を丁寧に観察し、喜ばせ、統一するところまで進みました。心の静けさや集中が深まるなど、手応えを感じた方も多かったのではないでしょうか。
ただし、ここが正念場。静まった心、心地よい感覚を「失いたくない」と握りしめた瞬間、再び苦悩の世界に逆戻りとなるからです。
今回は、第1〜11段階までの流れを簡単に振り返り、瞑想実践を通してのおさらい。そのあと第12段階の「心を解き放つ」に進んでいき、貪瞋痴や五蓋、粗い禅定要素など、心を拘束している一切のものを解き放ちます。それにより、何ものにも誑かされることのない自由と明晰な視座が確立します。
そしていよいよ最後の領域――「法(ダンマ/dhamma)への気づき」(第13〜16段階)へと進んでいきます。
冒頭で、これまでの全段階を瞑想を通じて復習しますので、アーナーパーナ・サティはじめての方も、安心してご参加ください。kokuchpro.com/event/e1e7bbd8…
「身心一如」
それは単なる比喩ではないと思うのです
刺激に対する身体(眼・耳・鼻・舌・身)の感覚をありのままに観なさい
心(意)に浮かぶ思考や感情をただただ観察しなさい
「心」を「眼・耳・鼻・舌・身」と同じ「感覚器」として捉えたことは仏教の革新性ではないでしょうか
心が「わたし」だと思うと、体も「わたし」になる。
わたしの家、わたしの家族、わたしの財産、わたしの世界。
心は「わたし」ではないと分かったとき、すべてはただ「知られるもの」になる。
ルアンポー・プラモート師の法話。
note.com/annata/n/ncbd65076b…
#仏教 #瞑想
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11月21日(土)・22月(日) アチャン・ニャーナラトー師 2日間のリトリート(通い形式) 大阪 - ミガダーヤ・ウィハーラよりお知らせ migadaya-vihara.hatenablog.c…
募集開始!
「リトリート」という言葉は、「立ちもどる」という意味で、ゆっくりと自分自身にふれる機会と考えていただければと思います。
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【ゆる募集】
「瞑想が続かないとき、読み返しています」
そんなお言葉をいただくたび、画面の向こうの一人ひとりを思います。
道の途中にいる者どうし、一度お目にかかりませんか。
11月下旬〜12月上旬、タイ仏教オンラインの小さな交流会です。聞いているだけでも構いません。
note.com/annata/n/n5b487ddbe…
「自然に呼吸しよう」と意識すればするほど不自然になって息苦しくなる。
「呼吸する」のではなく「呼吸が自然に起こっていることに気づく」ことが大事なんですね。
「アナパナサティは、呼吸法ではありません。」
多くの人が、呼吸をコントロールし、数を数える「テクニック」を思い浮かべます。けれどもタイの森のお坊さまたちが、くり返し説いてきたのは、それとは違うことでした。――ただ、いま出入りしている自然な呼吸に、気づいていること。
本書は、その教えを日本語でまとめた実践の書です。
◆ 準備する(土台をつくる)
◆ 実践に入る
◆ 妨げと、その扱い方――眠気・痛み・妄想
◆ 静けさが深まる(サマーディ)
◆ 呼吸から智慧へ(ヴィパッサナー)
◆ 付録:歩行瞑想/用語集
アチャン光男、メーチー・ジュン、ルアンプー・プラモートをはじめとするタイ森林派の師方の言葉を、修行の道すじに沿って配列しました。瞑想を始めたばかりの方にも、長く続けてきて壁に当たっている方にも。「何も感じられない」――そのページから、開いてください。
なお、これらの教えは、これまでもこれからもウェブ上で無料でお読みいただけます。本書は、それを通して読めるように選び、順序を整え、手元に残る形にしました
amazon.co.jp/dp/B0H7TK1F4K/
「それはいずれ過ぎ去っていくのです」
どうにもならない苦しみに出会ったとき、心の中でこう唱える。
「それは、いずれ過ぎ去っていく」
過ぎ去らなかった苦しみは、これまで一つもなかったはず。
ルアンポー・プラモート師が贈る、短い偈。
note.com/annata/n/ne4951a23e…
#仏教 #こころ
『合掌は「ありがとう」と「すみません」の二つの出会いであり、二つが合わさっている』
9月のアチャン・ニャーナラトー師の法話と瞑想の会11 - 瞑想以前。 meisousinosan.hatenablog.com…
自分が生きることに意味があるのか、生きるべきかどうかという問い、YESでなければ、NOしかない。
全肯定できなければ全否定になってしまう。YES・NOの世界に何をかけているのか。生きることの罪悪感。
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→27(金)17:00以降「オンライン・インタビュー(個人面談)」(募集1日~10日夜9時まで)
22(日)10:00~16:45 アチャン・ニャーナラトー師法話・瞑想会 大阪
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「私に仕えようとする者は、病める者に仕えなさい」
仏陀のこの言葉を形にした、お坊様のための終末期ホスピスを訪ねました。
読者の皆さまからのお布施で、おむつや日用品をお届けてきました
note.com/annata/n/ne7d88d83e…
#ホスピス #仏教










