「OD患者に文句を言うな」って、例えば病棟看護師がバックヤードで「あのジジイマジうぜえ」みたいな愚痴こぼしてる所に、週に数分しか病棟来ない部長医師が「君たちに医療者としての矜持は無いのか〜」みたいに説教するのと構造が似てて、まあなんというか端的に言うとウザいです。
医者になるといい。医者は大体35の専門科に分かれる。「誰でもいい」事も多いけど「貴方でないと駄目」な事も多い。小さな世界でもそうした"誉れ"を積み重ねる事こそ絶望を遠ざける薬なんだと思う。
Z世代特有の絶望感は理解されていない|栗崎皓 @yubatanka #映画感想文 note.com/fromheaven/n/necb99…
総合診療界隈に極めて近い何かを感じます
感染症学会に来ているのだが、どこもかしこもいまだに「欠如モデル」ばかりでうんざりする。
欠如モデルとは、「大衆が科学技術を信用しない、あるいは理解しないのは、正しい知識が欠如しているからだ」「正しい知識を一方的に分かりやすく教えれば、市民の理解が進み、科学技術への不安や不信感が解消されるのだ」とする考え方。
「知らないやつらに教えてやる」という一方向のコミュニケーション。
「いやいや、私は反ワクだとか言ってバカにしませんよ」ともっともらしく話す専門家も、結局は「自分たちが正しいのだが、間違っている人も突き放さない」という欠如モデルのスタンスであることには変わりない。
自分たちだってコロナであれだけ間違ってきたじゃないか。たくさんの「正しい情報」が間違っていたじゃないか。
それを「アップデートだ」「作動中の科学だ」と誤魔化すべきでない。
「自分たちも間違いうる」「自分たちも間違ってきた」
そこをちゃんと認めて向き合わないと、リスクコミュニケーションなんて語る資格がない。
それなのに、リスクコミュニケーションを語るセッションでは結局反ワクを馬鹿にしたり、反ワクに寄り添うと言ってみたりするだけで、全く反省がない。
どちらも結局傲慢で、科学的な謙虚さはない。欠如モデルから抜け出せていない。
こんな有様だからますます信頼されなくなっていくんだよ。
リベラルの没落にも似たところがあるよな。自分たちが悪いのに、大衆が理解しないせいだと勘違いしてる。
しかしまあ医者の学会なんて欠如モデルの権化みたいなもんか。
そんなの科学でもなんでもないんだけどな。
「自分たちは正しかったのに、反ワクのデマに邪魔された」「もっともっと正しい情報を伝えよう」
いつまでこんなこと繰り返してんだ。反吐が出る。
慶應について知るところは多くはないんだけど
・NY学院出身はマジもんのゴミ
これだけはガチ
我が母校、慶應義塾大学が叩かれているようなので、卒業生として慶應の真実を箇条書きにしておく。
・内部生と外部生はもはや別の生き物
・幼稚舎出身者の人脈は異次元
・金持ちは多いが、普通の家庭の学生も多い
・慶應生だからといって頭がいいとは限らない
・入学時の学力と卒業時の学力は別問題
・大学から入った奴ほど学歴に執着しがち
・体育会の就職力は異常
・三田会というネットワークは本当に強い
・就職活動では慶應ブランドの恩恵を感じる
・意外と泥臭い努力家も多い
・慶應卒というだけで人生勝ち組にはならない
・ただし、慶應卒という肩書きは一生使える
・NY学院出身はマジもんのゴミ
なんだかんだ慶應はいい大学だった。ただ、卒業して社会に出るとよく分かる。
慶應の最大の価値は教育の質でも偏差値でもなく、慶應という巨大なブランドと、それを一生利用できる特権にある。
一人っ子は再生産に失敗すると老親しか拠り所がなくなってしまうんでキツいんですよね。
切ないねえ 本当に中年女性がこわいものは親の老いとはよく言ったものよ
asahi.com/and/w/article/1699…
「胃瘻にしますか?」なんて患者にボールを渡すのが本当に良くないと思うんですよね。医療者から見た無駄な胃瘻でも、当人らにとってそれを拒否することは、自分の判断で命の期限を決めることなんですよ。踏ん切りつかないのを「優柔不断」等と責める気には、私はならないですね。
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