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熊本地震にて被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。熊本に育てて頂いた店としてチャリティを企画いたしました。薔薇のラペルピン / ブートニエール1つの売上につき、2,000円を熊本県に寄付致します。花びら1枚1枚手作りしています。復興へのご協力の印として日々ご愛用頂ければ幸いです。
コメント欄にも書きましたが温厚そうな父の中身はウイルクです。熊本地震で被災した際に「人間いつ死ぬかわからんな、よし、銀座に打って出るばい!」と言い出すまではまあまだわかるのですが(わからない)、その後「準備は全部あぁた(あなた)がやりなっせ!」と丸投げしてきたので娘は大層慄きました。「この瀬戸際こそが娘を経営者として成長させる絶好の機会」と判断して「よし、全部やらせてみよう!」と思ったそうです。発想がアチャすぎる
「中身がウイルク」の父、というエピソードを綴ってみました。言語化して気づきましたが「できらぁっ!」でやりきった娘も娘で割とやばいやつでした。
teapawt.net/SelectShopHIKO/status/…
熊本地震の後、車中泊をしながら今後の事を考えるという状況下で「銀座に店を出したらこういうことをやってみよう」と夢を語る父は凄いなと当時思ったものです。
熊本の店を修繕して営業再開することと銀座出店を並行してやっていたので「熊本の商品を銀座に持って行けばいい」という話ではなく、「新たに銀座の店に並べる商品を用意する」必要がありました。
その商品を仕入れるために現地2泊でパリに飛んだり、銀座の物件や自分たちが住む部屋を探すことも待ったなし。物件決定の後も内装工事やメンズ雑誌への広告出稿などやらねばならぬことがてんこ盛りです。
そして一番大事なのが資金繰り。
事業計画をいつもお世話になっている金融機関さんに提出する際には「銀座に店を出す!?」と驚かれました。
かといって、そうまでして東京に出るからには勝算があったのかというとそうではなく、オンラインストアをご愛顧下さっているお客様が数名関東圏にいらっしゃるという規模感でいわゆる「顧客リスト」はほぼ白紙。
そんな中での銀座出店でしたので、同業の方々からは「無謀すぎる」「頭がおかしい」と言われました。
そして何より、そのほとんどの「やるべきこと」を娘に丸投げした父の在りようこそが「頭がおかしい」の最たるものです。
「今、この瀬戸際の体験の全てが、経営者として娘を育てる千載一遇のチャンスだ」と思ったのだ、と父は言います。
しくじったら、まあ、それはその時。
命まで取られるわけじゃなし。
という感覚だったのだとか。
当時は「なぜ私ばっかりこんな大変な思いをしなくちゃいけないのか」という不満も正直言えばありました。
ですが、「何とかしてこれを形にしてやるぞ」という意地もありました。
顧客ほぼゼロ、大きな借金、
それでも「これだけの名品、価値を見出してくださる方、お客様になって下さる方は必ずいるし、その方々に見つけていただけるよう死ぬ気でやるしかないんだ」という覚悟もまた強かった。
誰に強いられたわけではない、自分で選んだ道。
しかも、自分たちが心底惚れ込んだ商品に囲まれての毎日です。
苦労はあっても不幸ではなく、1年の中で「仕事を休む事」は3日あるかないかです。それは、店にいること、お客様と名品との出会いをつなぐことが楽しくてたまらないから。
いわばこの仕事は推し活です。
推しの魅力を発信する、同じ価値観の方と「このアイテムのここが良い」と盛り上がる、わたくしどもにとってその面白さは代替がないほどなのです。
300連勤とか常軌を逸してる、と言われますが、それほど楽しい仕事に就けたことを我ながら幸運だと思っております。
作り手の方、お客様、そしてわたくしどもの日々を見守って下さる皆様のおかげで今があることを忘れず、これからも精進してまいります。
熊本地震の後、車中泊をしながら今後の事を考えるという状況下で「銀座に店を出したらこういうことをやってみよう」と夢を語る父は凄いなと当時思ったものです。
熊本の店を修繕して営業再開することと銀座出店を並行してやっていたので「熊本の商品を銀座に持って行けばいい」という話ではなく、「新たに銀座の店に並べる商品を用意する」必要がありました。
その商品を仕入れるために現地2泊でパリに飛んだり、銀座の物件や自分たちが住む部屋を探すことも待ったなし。物件決定の後も内装工事やメンズ雑誌への広告出稿などやらねばならぬことがてんこ盛りです。
そして一番大事なのが資金繰り。
事業計画をいつもお世話になっている金融機関さんに提出する際には「銀座に店を出す!?」と驚かれました。
かといって、そうまでして東京に出るからには勝算があったのかというとそうではなく、オンラインストアをご愛顧下さっているお客様が数名関東圏にいらっしゃるという規模感でいわゆる「顧客リスト」はほぼ白紙。
そんな中での銀座出店でしたので、同業の方々からは「無謀すぎる」「頭がおかしい」と言われました。
そして何より、そのほとんどの「やるべきこと」を娘に丸投げした父の在りようこそが「頭がおかしい」の最たるものです。
「今、この瀬戸際の体験の全てが、経営者として娘を育てる千載一遇のチャンスだ」と思ったのだ、と父は言います。
しくじったら、まあ、それはその時。
命まで取られるわけじゃなし。
という感覚だったのだとか。
当時は「なぜ私ばっかりこんな大変な思いをしなくちゃいけないのか」という不満も正直言えばありました。
ですが、「何とかしてこれを形にしてやるぞ」という意地もありました。
顧客ほぼゼロ、大きな借金、
それでも「これだけの名品、価値を見出してくださる方、お客様になって下さる方は必ずいるし、その方々に見つけていただけるよう死ぬ気でやるしかないんだ」という覚悟もまた強かった。
誰に強いられたわけではない、自分で選んだ道。
しかも、自分たちが心底惚れ込んだ商品に囲まれての毎日です。
苦労はあっても不幸ではなく、1年の中で「仕事を休む事」は3日あるかないかです。それは、店にいること、お客様と名品との出会いをつなぐことが楽しくてたまらないから。
いわばこの仕事は推し活です。
推しの魅力を発信する、同じ価値観の方と「このアイテムのここが良い」と盛り上がる、わたくしどもにとってその面白さは代替がないほどなのです。
300連勤とか常軌を逸してる、と言われますが、それほど楽しい仕事に就けたことを我ながら幸運だと思っております。
作り手の方、お客様、そしてわたくしどもの日々を見守って下さる皆様のおかげで今があることを忘れず、これからも精進してまいります。
今回大きく拡散されたことで「青バッジで収益を得ている」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。確かに青バッジは付けておりますがそれは長文など書くためで、収益化の条件はクリアしておりません。西陣岡本さんのようなフォロワー様が多いアカウントさんでも難しいくらい、条件が厳しいです
私が【500万インプレッション宣言するっ!】と宣言したのが、2026年7月31日のことだったようです。
それから先日、インプレッションを追うのをやめると決めるまで、ほんまに一瞬でした。
暑い真夏にSNSが気になって、夜中も眠れない日々。
世の中のSNS担当者さんの苦労が、身に沁みました。
私はこれから、インプレッションを気にせず書いていきます!
あの時の投稿はこちら。
teapawt.net/search?q=from%3Aokamot…
「ぬいぐるみを可愛がるのは幼児性の現れらしいですよ」と父に伝えてみたところ「いらん世話たいなぁ」(「余計なお世話だよなぁ」という熊本弁)という長閑な返事。周囲にきちんと配慮して行うということは大前提として、ぬい活は、何歳になっても良いものだと父(79才)を見ていて思います。
AIに要約されていたので補足させていただきますが父は店員ではありません。また、ふぉぜ尾氏はバックヤードに特設した棚に飾っています。teapawt.net/SelectShopHIKO/status/…
銀座HIKO retweeted
【HAPPY BIRTHDAY イレイザー・ヘッド🎉】
本日11/8は相澤消太の誕生日です🎂
その誕生日をお祝いして
スマホ用壁紙を作成しました❗
合理的な思考で厳しい態度をとるが、
人一倍生徒想いで心優しい一面をもつ
相澤先生の誕生日をぜひ、皆様もお祝いください‼
#僕のヒーローアカデミア
#ヒロアカ
#相澤消太誕生日
「79歳の銀座店員お父さん」とAIに要約されてしまった父ですがもう何年も給料を取らず「創業者として店の今後と後継者たちの成長を見届ける使命感」と「お客様や名品との時間を大切にする心」一つで店に出てきてくれています。銀座HIKOにとって守り神的な存在です。ちなみに店にいる時間も不定期です
で、娘の私は私で「あぁたはどう思う?」と父に聞かれて「できらぁっ!!(訳:やります」と答えたわけです。答えた後で「え、半年で銀座に店を?!」という展開でした。そうやってオープンしたのがこの銀座の店です。開業時、関東圏のお客様リストはほぼ白紙でした。
昨年イタリアのステファノリッチ ショールームで一目惚れしてオーダーした品が届きました。週末恒例のブログ更新はそのアイテムの魅力を綴っております。今回も撮りおろしの動画やお写真を掲載。繊細な光沢、深みのある色合い、泡立てたクリームのような肌触りをいかに写し取るかに奮闘しました。
撮影では毎回「こう…いや、この角度の方が…?」と撮っては消し、撮っては消しの繰り返しです。リンク先のブログ記事にはフルバージョンの動画をアップしております。ご覧いただけたら嬉しいです。
wp.me/p49vlD-709
ちなみに弊社とふぉぜ尾氏のご縁は2022年から続いております。父はずっとふぉぜ尾氏のことを「百之助」と呼んでおり(ふぉぜ王氏のことは「太か(ふとか/熊本弁で「大きい」)百之助」呼び)、さながら猫ちゃんと暮らし始めたおじいちゃんのような感じです。
teapawt.net/search?q=from%3ASelect…
ちなみにが多くて恐縮ですが、以前ゴールデンカムイ展に行った際の投稿がこちらです。
teapawt.net/SelectShopHIKO/status/…

















