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答えを疑う前に、その「前提」を疑え。 ◆ 時空なき万有引力 ◆ 太陽・月・星を再考するフラットアースモデル ◆ ハクスリー型国債システム ◆ バンコール的世界基軸通貨 ◆ 歴史は韻を踏む:社会における性の陰陽バランス 通説にも異説にも寄りかからず、発想を反転。ゼロから組み立て、数値で検証する。

Joined December 2019
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オーウェル型国債から、ハクスリー型国債へ。 おそらく次の金融システムで重要なのは、 「国民に国債を買わせること」ではない。 国債を買っているという感覚そのものを消すことだと思う。 これまでの世界では、政府が国債を発行し、銀行や機関投資家、中央銀行がそれを買う。 中央銀行が大量に買えば「財政ファイナンスだ」「MMTだ」「通貨を刷りすぎだ」と国民にも見える。 これはある意味、オーウェル型だ。 中央集権的で、仕組みが見えやすい。 しかしステーブルコインの時代は違う。 たとえば国民が、 1万円を銀行預金からステーブルコインへ交換する。 本人から見れば、 「デジタル円を買った」 「スマホで決済できるようになった」 だけ。 しかし、そのステーブルコインの発行体が準備資産として国債を保有する仕組みなら、 国民の決済需要 → ステーブルコイン需要 → 国債需要 という経路が生まれる。 国民は「国債を買った」とは感じない。 スーパーで買い物をしているだけ。 海外送金しているだけ。 サブスクを払っているだけ。 それでもシステムの裏側では、決済に使われるデジタルマネーの準備資産として国債が積み上がっていく。 これを私は、 「国民に気づかれないMMT」 のようなものとして見ている。 もちろん厳密には、国民本人が国債を直接保有するわけではない。 ステーブルコイン発行体が国債を保有する。 しかしマクロで見れば、 民間の貨幣需要そのものが、政府債務のファンディング需要へ変換される。 ここが重要。 しかもこれは強制ではない。 便利だから使う。 速いから使う。 手数料が安いから使う。 ポイントが付くから使う。 だからハクスリー型。 「これを買え」と命令する必要がない。 欲望と利便性によって、人々自身がシステムへ入っていく。 さらに進めば、 給料 税金 社会保障 EC決済 証券取引 不動産 国際送金 まで同じデジタルマネーのレールに乗っていく可能性がある。 そうなると政府にとって重要なのは、 「誰に国債を買ってもらうか」 ではなく、 「日常のお金そのものを、どう国債市場と接続するか」 になる。 昔は中央銀行が国債を買った。 次は民間ステーブルコインの準備資産が国債を買う。 そして究極的には、 国民が日常生活でデジタル通貨を使えば使うほど、その裏側で政府債務を支える構造 が出来上がるかもしれない。 これは「借金を消す」のではない。 むしろ、 借金を“通貨インフラ”へ埋め込む。 ここが次の金融システムの本質なのではないか。 オーウェル型の金融統制から、 ハクスリー型の金融統合へ。 人々は国債を買わされるのではない。 便利なお金を使っているうちに、その金融システム全体を支える側に回っている。 私は日本も、この方向へ向かう可能性があると思っている。 そしてその時、 「国債」 「通貨」 「預金」 「決済」 という、これまで別々だった概念の境界線そのものが消えていく。 「21世紀のMMTは、紙幣を刷ることではない。国債を“お金そのもの”の裏側に埋め込むことなのかもしれない。」
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神が存在しなくても宇宙の仕組みは記述できる 宇宙の仕組みを解明する上で神の存在を当てにする必要はない ってところだなあ
科学は別に神の存在を否定してはいないよなぁ… 想定していないだけであって…
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ギネス記録から読み解く「球体者の先入観」の強さ 【ギネス世界記録493km――球体説者の皆さん、先入観入ってませんか?】 本当は、ある方との議論で使うために用意していた検証材料なのですが、肝心の議論相手がドロンしてしまったので、こちらで公開します(笑)。 2024年12月15日、トルコから493.07km先のジョージアの山々が撮影され、ギネス世界記録に認定されました。 で本題。 球体モデルでは、撮影地点と対象の標高を考慮しても、地球の曲率によって山頂の一部が隠れる計算になります。 そこで登場するのが、おなじみの「大気屈折」。 ところが、数字を調べると少々厄介なことが分かります。 ■ 球体モデルで必要となる屈折係数(概算) ・山頂だけが見える:0.153 ・標高5,000mまで見える:0.171 ・標高4,500mまで見える:0.218 ・標高4,000mまで見える:0.266 ・標高3,500mまで見える:0.316 ■ 当時の大気データに基づく推定値 ・ERA5:0.1300 ・ラジオゾンデ平均:0.1369 ・ERA5高解像度鉛直モデル:0.1467 しかも2026年の研究では、これらの大気モデルで実際の見通しを十分に再現できなかったと報告されています。 さらに面白いのは、見えているのが493km先の山一つではないこと。 420km、450km、470km、489km、493km。 距離も標高も異なる5つの山が、同じ写真に写っている。 では、これらすべてを同じ大気条件で説明できるのでしょうか? 「曲率があるから、屈折で見えた」 いやいや。 その屈折量が実際に存在したことを、まだ十分に示せていないのでは? ここで一度、球体という前提を外して、フラットに考えてみましょう。 「大地が平らだから、見通しの良い日に遠くの山が見えた」 それだけで済む、非常にシンプルな説明です。 しかし、曲率があるというのであれば、科学的な姿勢としてまず必要なのは、その曲率を補うだけの大気屈折が実際に存在したのか、必要な屈折量と当時の観測データが整合しているのかを検証することではないでしょうか。 「屈折で説明できるはず」と「屈折で説明できた」は、まったく違う話です。 さて、球体説者の皆さん。 観測結果から地球の形を考えていますか? それとも、地球は球体だという結論から、観測結果の説明を探していませんか? 先入観、入ってませんか? ギネス公式記録: guinnessworldrecords.jp/worl…
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【山では測る。海では計算する。】 山の高さを知りたいとき、私たちは距離と角度を測り、三角測量で高さを求めます。 では、海の向こうの景色はどうでしょう? 例えば100km先。 地球半径6,371kmを使って計算すると、観測地点の接平面から約785m低くなるとされます。 ここでひとつ立ち止まって、良くかんがえてみよう。 この785mは、実際に測った数字でしょうか? →違いますね。 地球を半径6,371kmの球体とした場合の計算結果です。 山では距離と角度を実測する。 海では地球半径を使って曲率を計算する。 この違い、面白いと思いませんか? 海でも測量は行われていますが、私が知りたいのは、そこで実際に測った角度や距離と、球体モデルを使って補正や計算した数字の区別です。 そして、これはフラットアーサーにも関係する話ですが、平面大地でもニュートンの万有引力を否定する必要はありません。 地下の質量分布によって、鉛直方向や水平の基準がどう変わるのか。そこから計算した結果を、実際の測角データと比較することもできるはずです。 球体か平面か。 先に答えを決めるより、まず実測値と計算値を分けて比較して欲しい。 最後に、球体派の皆さんへ。 地球半径を使って785mと計算し、その785mを地球が球体である証拠にする。 それは、地球の曲率を「実測」したことになりますか? 観測データを見る時、球体という前提から導いた数字が、その前提と一致しただけの可能性も是非検討してみて欲しい。
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