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企業や商品の事例から、顧客理解、ブランド、戦略、マーケターの仕事の考え方まで。仕事に使えるマーケティングのを解説 / Aqxis 代表 ← Google シニアマネージャー ← インテージ / 企業の #戦略 #マーケティング #マーケティングリサーチ を支援 / 毎週1万字超のマーケレターを配信

Japan
Joined January 2010
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1985 年に出版されたマイケル・ポーターの著書 「競争優位の戦略」 、7 章の業界細分化の話がおもしろかったです。ポーターいわく、業界細分化はマーケティングのセグメンテーションとは違うと。 STP でのセグメンテーションと業界細分化の比較、ポーターが打ち出した業界細分化の方法を図解しました
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大企業は、なぜイノベーションを起こしにくくなるのか? 組織が大きくなるほど、役割・責任・権限は明確になり、事業は安定するものの、新しい機会を見つけて動くまでに時間がかかります。 コッターは著書『実行する組織』で、この矛盾に「デュアル・システム」という組織論から答えました。 ■ なぜデュアル・システムが必要なのか 創業したばかりの企業では、少人数のメンバーが直接つながっています。コッターはこの状態を「ネットワーク組織」と呼び、創業者を太陽、その周囲のメンバーを惑星にたとえます。 役割や指揮命令系統は柔軟です。機会を見つけた人が判断し、自分にできることを引き受け、人を巻き込みながら動きます。 企業が成長すると、社員も仕事も増えます。そこで部門を分け、役職を置き、責任と権限を明確にする「階層組織」へ移ります。いわゆるピラミッド型の組織、官僚組織です。 階層組織は、計画、予算、人員配置、業績評価、問題解決などのマネジメントによって、多くの人が関わる事業を安定して運営することに強みがあります。 ただ、外部環境の変化が速くなると難しさも出ます。新しいことを始めるたびに、部門間で調整し、承認を取り、予算を確保し、担当を決める。規模が大きいほど、機会を見つけてから動くまでに時間がかかります。 そこでコッターが提案するのがデュアル・システムです。大規模な事業を安定して回す階層組織を活かしながら、新しい機会を追い、変化を起こすネットワーク組織も社内につくります。 ■ デュアル・システムとは何か デュアルとは「階層組織」と「ネットワーク組織」の 2 つです。 階層組織は、計画を立て、予算を組み、人を配置し、業績を確認し、問題を解決する。日々の事業を確実に回すマネジメントが中心です。 ネットワーク組織では、部門や役職を越えて人がつながります。大きな方向性を共有しながら、自ら判断し、人を巻き込み、新しい機会を捉える。ここでは多くの社員が状況に応じてリーダーシップを発揮します。 ここでいうリーダーには、CEO や管理職に加えて、「今の自分に何ができるか」を考え、自ら役割を引き受けて前に進める人も含まれます。 重要なのは、2 つの組織を切り離さないことです。階層組織で日常業務を担う社員が、ネットワーク組織にも参加します。 たとえば営業部門の社員が、普段は営業目標を追いながら、重要な事業機会に関するネットワークにも参加する。商品開発、IT、財務、顧客対応などの社員も加わり、顧客情報、専門知識、人脈が組織を越えて行き来します。 見た目は一般的な部門横断プロジェクトとよく似ています。違いは運営の仕方です。 一般的な横断プロジェクトでは、メンバーが指名され、責任者、役割、目標、期限、報告先を決め、階層組織と同じマネジメントで動くことが多い。 ネットワーク組織では、自ら手を挙げた人が参加し、共通の方向性のもとで自分にできる役割を見つけます。必要な人がリーダーシップを発揮し、新しい課題が見つかれば人の組み合わせも変わります。 中心にはコア・グループがあり、その周囲で複数の戦略イニシアチブが動きます。個々の活動は役割を終えれば入れ替わりますが、変革を進めるネットワークは社内に残り続けます。 階層組織の実行力や規律と、ネットワーク組織の俊敏性や自発性を同じ会社で生かす。そのために、ネットワーク側には社員が自ら考えて動ける余地を残します。 ■ ネットワーク組織をいかに運営するか コッターは、ネットワーク組織の土台として 5 つの原則を示しています。 ・社内のさまざまな部門から、多くのチェンジ・エージェントを動員する ・社員が「やりたい」と自ら手を挙げられる環境をつくる ・論理や数字とともに、人の感情にも働きかける ・特定の役職者に頼らず、多くの人がリーダーシップを発揮する ・階層組織とネットワーク組織の間で情報と活動が行き来する状態を保つ 変革には、社内のさまざまな場所にいる多くの人を巻き込みます。多くの目、頭脳、人脈があるほど、新しい機会や変化の兆しを拾いやすくなります。 参加では、「自分もやりたい」と名乗りを上げる人を重視します。自分で参加を決めた人ほど、細かな指示を待たず、自分にできることを考えやすいからです。 5 つ目の原則は特に重要です。コッターは、階層組織とネットワーク組織を一つの会社として機能させることを、他の 4 つより重く見ています。 この 5 原則を日々の変革活動へ落とすのが、8 つのアクセラレータです。 ・危機感を高め、大きな機会の実現へ意識を向ける ・コア・グループをつくる ・ビジョンを掲げ、戦略イニシアチブを決める ・志願者を増やす ・障害を取り除きながら、戦略イニシアチブを進める ・短期的な成果を生み、共有する ・勢いを緩めず、さらに変革を進める ・新しい行動を組織に定着させる 従来のコッターの変革論では「8 段階」として知られていた考え方が、本書では「アクセラレータ」として扱われます。複数を並行して動かし、必要に応じて繰り返す活動です。 短期的な成果が出ても活動は続きます。新しい志願者を増やし、別の障害を取り除き、次の成果へつなげていきます。 経営陣の関わり方も重要です。ネットワーク組織の発足を公に認め、後ろ盾となり、階層組織との調整を担います。 本書の事例では、コア・グループと営業担当の執行役員会との会議が通常業務の合間に組み込まれ、コア・グループが役員に進捗報告をする形になりました。対等な意見交換が減り、メンバーの意欲も落ちていきます。 そこで経営側は関わり方を変えます。大きな方向を示し、ネットワーク組織をパートナーとして信頼し、細かな活動の管理はメンバーに任せる。 評価や報酬では、各チームが活動に合わせて必要な指標を決め、自ら引き受けた仕事への責任と活動への意欲を重視します。 ■ 社員が自ら参加したくなる環境をつくる ネットワーク組織への参加は、社員の自発的な意思が基本です。だから「この活動に関わりたい」と思える理由を社内で共有することが重要になります。 コッターは危機感にも質があると考えます。忙しさや焦りが増える「偽の危機感」では行動が散らばりやすい。外部の変化に目を向け、行動へ移る「真の危機感」を重視します。 さらに、人々の力を同じ方向へ向ける役割を「大きな機会」に持たせます。 「今、私たちにはこんな機会があり、ここへ向かう意味がある」 そう示せば、社員は何のためにネットワークへ参加するのかを理解しやすくなります。 興味深いのは、最初からビジョンや戦略目標を掲げることより、「大きな機会」を示すことを重視している点です。ビジョンやミッションは抽象的になりやすく、社員から見ると、自分が何に参加するのかがつかみにくい場合があります。 「機会の提言」には 3 つの要素があります。 ・なぜその機会があるのかがわかる論理性 ・実現したいと思える前向きな感情 ・誰でも覚えて人に話せる明快さ 社員が「会社から言われたからやる」と感じれば、ネットワーク組織も階層組織と似た動きになります。 「自分もこの機会に関わりたい」と思う人が、部門や役職を越えてつながり、自分にできる役割を引き受ける。デュアル・システムは、大規模な事業を確実に回す階層組織に、こうしたネットワーク組織を接続し、成熟企業の中でイノベーションを起こす力を持ち続けるための組織論です。
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国鉄改革から約 40 年。リニア中央新幹線の品川・名古屋間だけで総工事費は 11 兆円です。 『未完の「国鉄改革」』を読むと、巨額投資を JR 東海だけの採算で評価すると、誰が便益を受け、誰が費用を負担するのかを見落とします。 国鉄の宿題が、令和の今、再び問われています。 ■ 国鉄が抱えた「公共性と企業性」の構造問題 国鉄は、現在の JR 各社の前身にあたる日本国有鉄道です。全国の鉄道事業を一体で運営し、1987 年 4 月に分割民営化されました。 『未完の「国鉄改革」』の著者、葛西敬之さんは、その改革に携わった当事者です。 本書で印象に残ったのは、事業によって市場原理との相性が異なるという視点でした。 葛西さんは、受益者と費用負担の関係を考える例として、タクシー、警察、鉄道を挙げています。 タクシーでは、乗客が移動の便益を受け、運賃を払います。受益者と支払う人が対応しやすく、鉄道と比べれば初期投資も小さい。 警察による治安維持は、地域の人や企業に広く便益が及びます。個々の受益者に料金を請求しにくいため、税金で費用を賄います。 鉄道は、その中間に位置します。 乗客は運賃を払い、通勤や出張、貨物輸送も料金収入になります。一方、鉄道が生む便益は、運賃を払う人の外にも広がります。 通勤圏が広がれば、企業はより広い地域から人を採用できます。沿線に住宅や商業施設が集まり、鉄道利用によって道路混雑が緩和されれば、道路を使う人にも恩恵が及びます。 こうした、取引の当事者以外にも便益が広がる効果が外部経済です。 鉄道会社が料金として回収できる範囲と、社会全体が受け取る便益の範囲には隔たりがあります。 もちろん、公共性が大きい事業でも、利用者数や運賃、建設費などの条件次第で採算は取れます。外部経済があるから公的負担が必要、と単純に決まる話ではありません。 それでも、鉄道への投資を評価するときには、社会にどれほど便益が広がるかと、事業者が実際に費用を回収できるかを分けて見る必要があります。 国鉄は、新幹線の建設、大都市圏の通勤輸送力の増強、安全対策などへ巨額の投資を行いました。 1983 年度末の長期債務は約 20 兆円。そのうち約 13 兆円が設備投資に伴う債務、約 7 兆円が赤字による資金不足に伴う債務でした。 国鉄の経営悪化には、自動車や航空との競争、貨物輸送の変化、人件費や組織運営、運賃改定の制約など、複数の要因が重なっています。 それでも本書を読んで強く残るのは、社会インフラとして必要とされる投資を進めたとき、その費用を国鉄の収入でどこまで回収するのかという問題です。 社会に便益が広がっても、その全てが国鉄の収入になるわけではありません。借入金の返済に使えるのは、国鉄が実際に得たお金です。 国鉄の場合、このズレは財務に直接表れました。社会全体にとって必要性の高い投資でも、国鉄の運賃収入が同じだけ増えるとは限りません。設備投資を借入で進めれば、便益が社会に広がる一方、返済義務と利払いは国鉄の帳簿に残ります。 ここで大事なのは、国鉄の赤字を設備投資だけで説明しないことです。需要構造の変化や組織運営など複数の問題が重なっていました。その中でも、公共的な役割を求める主体と、費用を返済する主体がどう対応していたかは、国鉄改革を考えるうえで独立した論点になります。 ここには、建設資金を誰が負担するかと、日々の鉄道経営を誰が担うかを分けて考える余地があります。 社会に必要な鉄道を整備する公共性と、自らの収入で費用を賄う企業性。国鉄改革は、この二つをどう両立させるかという問題も残しました。 ■ リニア 11 兆円で問い直す「企業性」と「公共性」 現在のリニア中央新幹線にも、この問いを重ねられます。 JR 東海にとって、リニアは将来の事業基盤を支える投資です。東海道新幹線と一体で経営し、都市間輸送を長期的に担うという企業としての目的があります。 同時に国は、三大都市圏の結びつきを強める経済効果や、東海道新幹線とは別ルートを持つことによる災害への備えを、リニアの意義として挙げています。 大規模災害でも都市間の移動を維持できれば、利用者だけでなく、取引先との往来や企業活動の継続にもつながります。 つまり、リニアには JR 東海の事業としての価値と、日本全体への社会的な便益が重なっています。 建設は、JR 東海が全額自己負担する方針で進めてきました。経営の自由と投資の自主性を確保し、自社の収益力をもとに投資する考え方です。 国鉄時代との違いは大きいです。JR 東海には東海道新幹線という強い収益基盤があり、投資の時期や規模を自ら判断する自由もあります。 一方、公的な金融支援も入っています。 JR 東海は 2016 ~ 2017 年度に、鉄道・運輸機構を通じて総額 3 兆円の財政投融資を受けました。長期・固定・低利の融資で、元本と利息は JR 東海が返済します。 国の制度が資金調達を支え、返済責任は会社が負う形です。 この 3 兆円は補助金ではありません。JR 東海には返済義務があります。ただし、市場から同じ条件で資金を調達する場合と比べれば、長期・固定・低利という条件は経営上のリスクを小さくします。 ここに、現在のリニアの特徴があります。事業の主体は民間企業で、投資判断と返済責任も JR 東海が負う一方、国は国家的な意義を認め、資金調達の面から支えています。企業性と公共性が、資金の出し方にも表れています。 そして 2025 年 10 月、品川・名古屋間の総工事費見通しは 7.04 兆円から 11 兆円へ増えました。建設資材や労務費の高騰、難しい工事への対応などが理由です。 増加幅だけで約 4 兆円。しかも 11 兆円は品川・名古屋間の数字で、名古屋・大阪間の費用は別に必要です。 工事費が増えれば、既存事業から回す資金や、将来返済する資金も増えます。開業が遅れれば、投資から運賃収入を得られるまでの期間も延びます。 JR 東海は、増額後も必要な資金を確保し、健全経営を維持できると説明しています。経営の健全性を保てない場合には、工事のペースを調整する方針も示しています。 企業性から見れば、自社の収益力に合わせて投資の速度を調整し、健全経営を守る責任があります。 公共性から見れば、三大都市圏の一体化や災害時の代替ルートといった便益を、いつ実現できるかも重要です。 しかも、企業性と公共性は同じ方向を向くとは限りません。JR 東海が健全経営を守るために工事をゆっくり進める判断をすれば、企業としては合理的です。一方、国や社会がリニアに期待する便益の実現は、その分だけ先になります。 企業が無理なく投資できるペースと、社会が期待する整備時期に差が生まれれば、前倒しに必要な追加資金やリスクを誰が担うのかという問題が出てきます。 公的な負担を検討するなら、社会への便益の大きさ、実現の確かさ、費用の妥当性、環境への影響に加え、投資を決める権限や説明責任も考える必要があります。 国鉄改革によって、経営主体は JR 各社へ移り、企業としての自由と責任は大きく変わりました。過去の債務も国鉄清算事業団へ移され、その後は国が引き継ぐ処理が行われました。 それでも、新しい巨大インフラをつくる場面では、費用負担の問題が改めて生まれます。 社会全体に便益が広がる投資を、企業の収益だけでどこまで支えるのか。公的資金を入れるなら、経営の自由や投資判断との関係をどう考えるのか。 リニアは、国鉄改革が残した「公共性の費用を誰が負担するのか」という宿題を、約 40 年後の社会に再び問うています。
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「顧客の声を聞け」は正しく、ビジネスの世界では言い尽くされている感があります。 でも、本当にそうか。ここはあえて批判的に考えてみる必要があります。 既存顧客の「いらない」を越えても、次は社内の「市場が小さすぎる」で止まる。優良企業ほど陥る二重の壁があるという、イノベーションのジレンマです。 ■ 顧客の声を聞いてきた成功が、変化や兆候への対応を遅らせる 優良企業には、自社の商品を評価し、継続して購入してくれる顧客がいます。 顧客の要望に応えて商品を改良し、売上や利益を伸ばしてきた企業にとって、顧客の声は次の投資を判断する重要な材料です。 クレイトン・クリステンセンが『イノベーションのジレンマ』で描いたのは、こうした優良企業ほど破壊的な変化への対応が遅れうるという逆説です。 既存顧客が求める改善に資源を振り向ける判断には、過去の成功と現在の収益に裏づけられた合理性があります。 登場したばかりの破壊的技術は、既存顧客が重視する性能では見劣りする一方、価格や使いやすさなど異なる価値を持つことがあります。その価値を評価する人は、既存市場の中心にいる顧客とは限りません。 企業から見れば、すでに取引があり、購入を見込める既存顧客の要望を優先するほうが筋が通っています。情報を集め、慎重に比較し、合理的に判断する企業こそ、新しい変化への対応が遅れます。 マーケティングの観点で重要なのが「誰に訊くか」です。 既存顧客が具体的に見えている企業ほど、新商品の評価もいつもの顧客に訊く流れが自然に生まれます。 既存顧客が「いらない」と答えるのは、現在の用途や重視する性能に照らせば妥当です。既存市場での評価としては、むしろ正しいと言えます。 問題は、その評価を新商品の可能性の判断にそのまま使うことです。新しい商品に価値を感じる顧客が既存市場の外にいても、その市場を探さないまま開発や事業化を止めます。 既存顧客の声を忠実に聞くという成功パターンが「誰に訊くか」を固定し、既存市場の外で生まれる変化や兆候への対応を遅らせます。 新商品の可能性を確かめるときには、「今回も、いつもの顧客に訊けばよいのか?」から考えます。 ■ 未顧客の声を捉えても、既存事業との比較で参入が見送られる 新しい商品の用途や市場を探るなら、自社の商品を利用していない人や、別の方法で不便をしのいでいる人など、これまで関係のなかった未顧客も対象になります。 誰が、どんな状況で商品を必要とするのかを考え、訊く相手を見極めます。相手が決まった後も、訊き方を具体化します。 いつ訊くか。構想を説明した後か、試作品を使った直後か、継続利用した後か。 どこで訊くか。面談の場か、普段使う場所か。 何を訊くか。商品の評価だけでなく、実現したいこと、現在の対処方法、不便や妥協、評価の理由まで確かめます。 どのように訊くか。質問の順番や言葉、提示する情報、試作品を使ってもらう条件も変わります。 聞いた声は、相手が置かれた状況や回答の条件と結びつけて解釈します。商品説明への興味、試用後の評価、実際の購入、継続利用を区別し、誰にどんな価値があるのかを確かめます。 こうして、新しい商品を必要とする未顧客が見つかり、購入する理由まで理解できたとします。 それでも、社内では次の壁が待っています。 未顧客のニーズが強くても、市場に魅力があるとは限りません。ここでは顧客層の規模とニーズの強さを分けて考えます。 少数の顧客が新商品を強く求め、現在の代替手段に大きな不満を抱えていても、その人数が既存市場に比べて少なければ、見込める売上は小さくなります。 顧客数、利用頻度、購入単価から計算した事業規模が既存事業の売上に比べてわずかなら、全社への貢献も小さいと判断されます。 顧客層が小さいことは、ニーズが弱いことを意味しません。強い需要が、小さな顧客層から生まれている場合もあります。 それでも、同じ人材・資金・時間を既存事業に振り向けたほうが、より大きな売上や利益を期待できる。新市場への参入を見送る判断にも経済合理性があります。 新しい変化の兆候を捉え、強いニーズまで確認していても、既存事業との比較で「市場として魅力が乏しい」と評価され、事業化が止まります。 ■ 新しい顧客への対応が、合理的な選択になる仕組みをつくる クリステンセンが示した対応のひとつが、取り組む市場の規模に組織の規模を合わせることです。 全社から見ればわずかな売上でも、小さな担当組織なら自分たちの成長を左右する成果になります。 新しい顧客層に対応する独立性のある担当組織を置き、必要に応じて事業部や別会社にする。市場の規模や事業の段階に合う目標・評価基準を持たせ、顧客対応に使う人材・資金・時間も確保します。 顧客を探している段階では、どんな用途で価値が認められ、購入につながったかを見る。顧客が増え始めれば、継続利用や売上の伸びも評価に含めます。 少人数のチームをつくっても、全社と同じ売上規模や利益率を求めれば、再び「市場として魅力が乏しい」という判断に戻ります。組織の人数、目標、評価、資源配分を一体で変える必要があります。 もうひとつ重要なのが、失敗への耐性です。 これまで関係のなかった顧客は、ニーズや購買行動に関する知見が少なく、誰に何が受け入れられるかの不確実性が高い。既存市場より仮説が外れる頻度も上がります。 試作品を使っても価値が伝わらない、評価は高くても購入されない、購入後に利用が続かない。こうした失敗は起こります。 失敗のたびに活動を打ち切れば、新しい顧客について理解を深める前に探索が終わります。 複数回の試行を前提に、何が外れたのかを次の検証に使う。顧客の想定、商品の機能、用途、価格、利用を始める手順など、どこにずれがあったかを確かめ、次に試す内容を更新します。 短期的に成果が出なくても再検証できる時間と予算を確保し、担当者の評価には売上だけでなく、何を確かめ、次の判断にどう活かしたかも含めます。 新市場の探索では、失敗をゼロにする運用は現実的ではありません。外れた仮説から学び、次の試行に変えられる耐性まで組織や制度に組み込みます。 小さな担当組織にとって、新しい顧客からの受注や継続利用は自分たちの成長に直結します。顧客に求められた改良へ力を注ぐことが、自分たちの成果になります。 全社でも、新市場での顧客獲得や検証の進展を重要な成果として認め、評価や資源配分に反映すれば、新しい顧客の声に応える優先順位が社内全体でも上がります。 顧客の反応を商品改良に反映し、購入や継続利用につながるかを確かめる活動を重ねるほど、新しい市場での顧客理解も深まります。 顧客の声を聞いて成功してきた企業ほど、いつもの顧客に訊くことが自然になります。 さらに、新しい顧客を見つけても、既存事業との比較から「市場として魅力が乏しい」と判断され、事業化が止まります。 だから、新商品の可能性を見極めるには、「今回、誰に訊くべきか?」を考え、新しい顧客の反応を確かめる。 その市場の規模に合う組織や評価基準を整え、失敗から学びながら試行を続けられる環境まで用意する。 誰の声を聞くか、市場をどの尺度で評価するか、その規模に応じてどの組織・制度で受け止めるかまでつなげて考えれば、顧客の声を聞いて成功してきた強みを、新しい市場でも発揮できます。
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書籍『経営者の〈付加価値〉- 理論構築者としてのトップ・マネジメント (沼上幹) 』を読みました。 多角化企業の経営者は、いかにして企業価値を高めるのか? 経営の本質を問う、骨太な本でした。 ↓ 書評として書きました ■ 本書が問うものと想定読者 沼上幹さんの『経営者の〈付加価値〉』は、多角化企業の経営者が何を生み出し、企業価値をどう高めるかを問う本です。各事業の責任者はそれぞれの市場で成果を追い、株主は企業全体の成果に関心を持ちます。その間にいる経営者の貢献を、二つのアプローチから考えます。 一つは、株主の代理人として事業間の資源配分と実行管理を担う「代理人モデル」です。もう一つは、自社固有のシナジーを生む仕組みを構想し、理論にするアプローチで、ここでは「シナジー・コア・メカニズム」モデルと呼びます。本書は前者を検討した後、後者を提示します。 主な読者は、複数の事業を営む企業の経営者です。そうした企業への投資を考える株主にも、経営者の判断が各事業の成果や企業全体の価値をどう変えるかを考える手がかりになります。単一事業の経営者にとっても、事業が増えたときに自分の仕事がどう変わるかを考える材料になります。議論は大企業が中心で文体も学術的ですが、経営者の貢献を具体的に問えるところに本書の価値があります。 ■ 経営者の〈付加価値〉とは? 一般に「付加価値」といえば、商品に加工を施して増えた価値や、企業が新たに生み出した価値を思い浮かべます。本書の山かっこ付きの〈付加価値〉は、ある人やものが存在しなければ失われる価値を指します。経営者については、その経営者がいなければ生まれなかった価値です。 株主は投資先を選び、各事業の責任者は自分の事業を運営します。経営者はそれらを踏まえ、事業を横断して資源を配り、事業同士のつながりをつくります。同じ複数の事業を持っていても、誰が経営するかによって生み出せる価値は変わります。 経営者の判断が各事業の成果や会社全体の将来の収益力をどう変えたか。その変化が〈付加価値〉と企業価値をつなぎます。たとえば、事業間で活かせる技術を見つけたら、顧客に選ばれる商品やサービスに結びつけ、収益につなげる必要があります。 ■ 代理人モデルでの〈付加価値〉 株主が会社の経営を任せる相手として、経営者は社内の実態を詳しく捉えられます。株主が外から把握しにくい、人材の技術、事業ごとの顧客関係、ビジネスモデル、競合や市場環境まで見て、現在の状況と将来の見通しを判断に使います。 そこで、どの事業に資金や人材を振り向けるかを決めます。事業間の資源配分、キャピタル・アロケーションです。株主が外側から各社の株式を売買する場合や、事業責任者が自分の事業を優先する場合とは異なる立場で、会社全体の将来の収益を考えます。 配分した資源を成果につなげるため、経営者は事業の動きも追います。顧客の反応や現場の仕事が売上・利益に結びつく因果関係を「戦略マップ」に描き、進み具合を確認する KPI を選びます。KPI の数字と現場の実態がずれていないか、目標達成のために数字を取り繕う行動が起きていないかを、事業責任者との対話で確かめます。必要なら資源の使い方や仕事の進め方を修正します。 本書に登場する GE のジャック・ウェルチは、財務成果を重視しながら各事業の因果関係を深く追い、KPI が実態を示しているかを確かめました。社内情報を資源配分に使い、数字を現場の動きと結びつけて実行を管理する。配分から成果の確認まで担うことが、代理人としての〈付加価値〉になります。 ■ 「シナジー・コア・メカニズム」モデルでの〈付加価値〉 事業の因果関係や KPI が明確になり、株主への情報開示が進むほど、経営者だけが知る情報に基づく優位性は薄れます。既存事業の動かし方が定まって株主にも伝われば、外部から経営の妥当性を判断しやすくなります。そこで、自社が複数の事業を営むことで、どんな価値を生み出せるかが問われます。 たとえば、ある事業の技術や顧客への理解を別の事業に活かし、新しい商品や収益機会を生み出せるでしょう。経営者は組み合わせを見いだし、事業責任者同士の協働を後押しできます。その成果は、事業を別々に営む場合と比べて評価されます。 独立した企業間の提携でも同じ成果を得られるなら、一社に事業を束ねる理由は弱くなります。別の会社が保有したほうが、その事業の価値が高まる可能性もあります。自社で協働を進めるための調整コストまで含め、外部との取引や他の所有者を上回る価値を生めるかが問われます。 日立製作所の「OT×IT×プロダクト」は、自社の強みを結びつける構想です。OT は工場などの設備を制御・運用する技術で、そこにデータを扱う IT と自社製品を組み合わせます。Lumada では、製品の稼働データや現場の知見を IT と結びつけ、事業をまたぐ強みを顧客との協創に活かしています。 本書は、強みと事業機会が結びついてシナジーが生まれ、事業の組み合わせが維持・生成される仕組みを「シナジー・コア・メカニズム」と呼びます。経営者がその仕組みを捉えて言葉にし、どの事業を育て、どう組み合わせるかの判断に用いるのが「シナジー・コア理論」です。 「OT×IT×プロダクト」も Lumada の構想も、日立の経営者たちが自社の能力を読み解き、事業機会と結びつけて示しました。投資家は、その構想を経営者が実行した後に成果を評価します。自社だからこそ生み出せるシナジーを構想し、事業の判断に使える理論にするところに、経営者の〈付加価値〉があります。 ■ 二つのアプローチを重ねて〈付加価値〉を生み続ける 私は、この二つのアプローチが実務の中で重なり合うと捉えました。 経営者が事業責任者と話し、資源を配り、成果を確かめる過程で、各事業の能力や事業をまたぐつながりが具体的にわかります。その知識を自社の強みと事業機会についての理論に反映し、次の事業選択や資源配分、KPI の見直しに使います。理論を実行に移すことで、どの組み合わせが顧客に選ばれ、利益につながるかも確かめられます。 理論が実態に合っているかは、事業の成果から確かめます。顧客や市場が変わり、新たな事業機会が現れれば、理論と資源配分、実行方法を見直します。実行から学んで理論を磨き、その理論を次の判断に使う循環です。 情報開示によって既存の判断を支える情報優位が薄れても、経営者は自社の強みと新しい事業機会を結びつけられます。独自のシナジーを生む仕組みを理論化し、資源配分と実行に活かし、成果を踏まえて更新します。その経営者がいなければ生まれなかった収益機会をつくり続けることが〈付加価値〉となり、企業価値を高めます。
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企業の事例や本から、「なぜうまくいったのか」「自分の仕事にどう活かせるか」を掘り下げるマーケティングレターを、毎週木曜の朝にお届けしています。 明日 10 月 8 日(木)は、DX がテーマです。 デジタル化を進める中で、部門間の利害対立や従来のルールが壁になる。こうした課題を乗り越え、顧客体験や仕事の進め方をどう変えていくか? ▼ 今週は、こんな内容です ・ アステラス製薬の DX ─ Web と営業をつなぎ、顧客一人ひとりへの情報提供を変えた方法 ・ DX を実現する「八段階の変革プロセス」─ 推進チームづくりから、小さな成果の積み重ね、組織文化への定着まで ・ おすすめの本『右脳思考』─ 右脳で気づき、左脳で考え、右脳で人を動かす ・ 佐賀グリーンアグリバレー ─ 清掃工場の CO₂ を地域資源に活かし、新しい産業を育てる ・ 菓子専門店「吉寿屋」の動画 ─ 62 年間赤字ゼロを支える、社員や取引先との向き合い方 DX の事例と実践方法を中心に、本や地域の取り組み、経営者の行動からも、仕事に活かせるヒントをお届けします。 ▼ 登録はこちらから tsubasatada.theletter.jp/
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『稲盛和夫の実学』は、会計を入口に稲盛和夫さんの経営哲学を学べる本でした。 なぜ京セラは会計の細部まで原理原則を貫いたのか、会計を経営に使う意味がわかります。 概要と学べるテーマをご紹介します。 ■ 本書の概要 『稲盛和夫の実学 新装版 経営と会計』は、稲盛和夫さんが京セラを経営する中で培ってきた会計の考え方を、自身の経験とともに語った本です。 帯には「会計がわからんで経営ができるか!」という稲盛さんの心の叫びがあります。本書への問題意識を端的に表す言葉です。 第 1 部では、キャッシュベース経営、一対一対応、筋肉質経営、完璧主義、ダブルチェック、採算向上、ガラス張り経営という 7 つの原則を紹介。 第 2 部では、盛和塾の塾生から寄せられた投資、資金調達、原価管理、経営目標などの相談に、稲盛さん本人が答えます。 会計を入口にしていますが、主役は経営です。京セラではなぜその会計処理や管理方法を採ったのか、その背後にある稲盛さんの考えまで語られます。 ■ 稲盛経営の土台 稲盛さんが 27 歳で京セラを創業した頃、経営は手探りでした。一つ判断を誤れば会社が傾く中で、拠りどころにしたのが「人間として何が正しいか」という原理原則です。 公平、公正、誠実といった素朴な倫理観をもとに、直面する問題を考える。会計についても「なぜそう処理するのか?」「会社の実態を正しく表しているか?」と理由まで問い直します。 一般に認められている慣行も、そのまま受け入れません。どんな条件で成り立つのか、本質は何か、自分が心から納得できるかまで考えます。 印象的なのが、不動産投機の話です。銀行から借金をして土地を買い、値上がり益を狙うよう勧められても、稲盛さんは見送りました。 後に先見性を問われたときも、本人は「浮利を追うのが好きではありません」と答えています。自分で汗をかいて稼いだものを利益とする。その信念が判断を支えていました。 もう一つ、稲盛経営のベースにあるのが「人の心」です。仲間を信頼しつつ、人には誘惑に負け、過ちを犯す弱さもあると考える。この人間観が、後のダブルチェックにもつながっています。 ■ 売上を伸ばし、経費を抑え、利益を残す 稲盛さんが繰り返す原則は「売上を最大に、経費を最小に」。 売上が増えれば経費も増えて当然とは考えません。売上を伸ばしながら、経費は同じ水準に保ち、さらに減らす余地を探します。 予算についても独特です。売上計画は未達でも、増員や拠点拡大などの経費だけ予定どおり使われる状況を問題視し、必要な支出はその都度稟議で判断しました。 資材も、今必要な分だけ買う「一升買い」が原則です。まとめ買いで単価が下がっても、当面必要な量を基準に買います。 一方で、京セラには月次や年次の目標・計画があります。目標は持ちながら、個々の支出はその時点で必要かを毎回判断します。 利益については、「儲かったお金はどこにあるのか?」と問います。 決算上は黒字でも、売掛金の回収前だったり、在庫や設備に資金を使っていたりすれば、手元の現金は増えていません。利益の数字とキャッシュをつなげて見る姿勢が、キャッシュベース経営につながります。 そして売上側では「値決めは経営」。 お客さんが納得し、喜んで買ってくれる最大限の価格を見極める。価格と販売量の組み合わせが事業を左右するため、値決めは経営者が責任を持つ仕事だと考えます。 売上、支出、利益、価格。扱うテーマが変わっても、根底には同じ原則があります。原理原則を日々の判断まで徹底するのが稲盛経営です。 ■ 会計を経営判断と現場の行動につなげる 稲盛さんは会計を「現代経営の中枢」と位置づけ、決算書の数字を飛行機の操縦席にある計器に例えます。 経営の実態を数字が正確に表していなければ、その数字を使った判断も誤ります。 そこで京セラでは、 一対一対応:モノやお金の動きと伝票を一致させる ダブルチェック:複数の人が確認し、ミスや不正を防ぐ ガラス張り経営:経営状況を社員に開示し、数字を共有する といった原則を徹底します。 ダブルチェックには、人の心の弱さから社員を守るという考えがあります。信頼する仲間が誘惑に負けて過ちを犯す状況を、仕組みで減らします。 会計情報には正確さだけでなく、明快さと速さも求めます。複雑な企業活動を、現場の人が理解してすぐ動ける数字にする。情報を集約し、経営に必要な形まで単純化する発想です。 さらにアメーバ経営では、小さな集団ごとに売上、経費、仕事に使った時間を把握します。月次や年次の目標と実績を比べ、メンバー全員が現在地を把握し、次の行動を決めます。 会計は社長や経理部門だけが見る数字ではありません。社長から現場まで、自分たちの仕事と採算をつなぐ共通言語として使われます。 数字を共有した先では、人が実際に動く状態をつくる必要があります。 稲盛さんは「魂を注入する」と表現し、経営者が現場で仕事の意義や目標を直接伝えることを重視します。経営目標も「経営者の意志」と捉え、社員が「自分たちもやろう」と思えるように働きかけます。 ■ 本書の読みどころ 私が惹かれたのは、稲盛和夫という経営者が何を信じ、何に疑問を持ち、どんな理由で決めたのかを追えるところでした。 第 1 部では、稲盛さんの考えが京セラの会計原則や仕組みになる過程を読めます。 第 2 部では、まだ答えの決まっていない個別の経営課題に対し、同じ原理原則からどう考え、どう答えを出すのかを追体験できます。 慣行を問い直し、自分が正しいと納得したら、手間がかかる方法でも実務に取り入れて貫く。そこに「稲盛イズム」を感じました。 初版から長い年月が経っても古びないのは、経営の原理原則と、それを会計や組織の運営に落とす思考が書かれているからでしょう。 読後には、自分の会社の数字についても「何を判断するための数字なのか?」「実態を正しく表しているか?」「現場まで理解できる形で共有されているか?」と問い直したくなります。 稲盛会計学は、稲盛和夫の経営哲学を数字と仕組みに翻訳したもの。 会計を経営に生かしたい人には、ぜひ読んでほしい本です。
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名作漫画「Dr.コトー診療所」を、コヴィー博士の「7つの習慣」で読み解きました。 異動や転職、新しい取引先など、新しい環境でどうすれば信頼を得て成果を出せるのか? 離島に赴任し、最初は島民に警戒されていたコトー先生が信頼を築いていく行動を、3枚の図にまとめています。
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インド経済のビジネス書を読んでいます。内容はとても勉強になるのですが、文体が気になってなかなか読み進められません。なぜ読みにくいのかを整理してみました。 ・文体が混ざると口調やテンポが揺れ、内容に集中できない ・強調箇所が多すぎて、どこが要点か分からなくなる 【どんな文体か】 基本は「〜です」「〜しました」という丁寧語で書かれています。ところが強調したい箇所だけ常体や体言止めが差し込まれ、それがかなりの頻度で出てきます。たとえば次のような文章です(本の文章ではなく、典型的な形をまねた例です)。 「インドの人口は約15億人です。そのうち半数以上が30歳未満。つまり、市場の主役は若者。しかし、日本企業はこの変化にはまだ十分に対応できていない。ここが最大の課題となるのです。」 【内容に集中できない】 日本語の文章作法では、敬体(です・ます)と常体(である)を一つの文章の中で混ぜないのが基本です。丁寧に語りかけていた書き手が、強調の箇所だけ急に断定口調になると、上から言われたような、あるいは急に独り言を始めたような感覚になります。文末の長さや響きも文ごとに変わるため、読むテンポも乱れます。そのたびに意識が文章の書き方へ向いてしまい、肝心の内容が頭に入ってきません。 【強調箇所が多すぎて、どこが要点か分からなくなる】 この本では、口調を切り替えることで「ここが大事」と示しています。数回なら印象に残りますが、何度も出てくると強調される箇所が多すぎて、結局どこが本当に大事なのか分からなくなります。蛍光ペンを引きすぎた教科書に近い状態です。
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30 年前、日本に「音声 SNS」「CRM」「ターゲティング広告」の原型のような事業を次々と生み出した会社がありました。 3 つをつなぐと、新規事業の種がどこから生まれるのかが見えてきます。 画像が 1 枚のまとめ、詳細は以下です。 ■ 1990 年代に、今につながる 3 つのサービス 会社はハイパーネット。板倉雄一郎さんが 1991 年に設立したベンチャー企業です。 代表的な事業は、ハイパーダイヤル、IMS、ハイパーシステムの 3 つでした。 ハイパーダイヤルは、電話を使った音声コミュニケーションサービスです。利用者が電話をかけ、音声の伝言や複数人が参加できるフォーラムで交流する。今の感覚なら、2020 年代に話題になった Clubhouse のような音声 SNS に近いサービスです。 約 30 年前に「声で人が集まる場」を事業にしていました。 料金回収には NTT のダイヤル Q2 を使っていましたが、規制強化で事業継続が難しくなります。そこで次の事業として育ったのが IMS でした。IMS は Interactive Marketing System の略です。 テレビ CM や雑誌広告を見た人が電話し、アンケートへの回答、懸賞応募、資料請求などを行います。回答内容や住所などをデータとして蓄積しました。 企業は、どの広告から反応が多かったかを比較し、広告効果を測れます。回答から興味やニーズを把握して商品開発や販促に使い、資料請求者や応募者を見込み顧客として営業にもつなげられます。 現在の CRM やダイレクトマーケティングにも通じる仕組みです。IMS は成長し、1995 年には年間経常利益 2 億円に達しました。 そして 1995 年に考案されたのがハイパーシステムです。 利用者がネットに接続すると、事前登録した年齢や興味関心などに応じて広告を出し分ける。現在のブラウザ内に表示されるバナー広告、とくにユーザーごとに内容が変わるターゲティング広告に近い発想です。 さらに広告収入をインターネット接続料に充て、ユーザーは広告を見ることで無料でネットを利用できました。 1996 年にはアスキーと提携し、無料接続サービスを開始。広告主が費用を負担し、ユーザーが無料でサービスを使うモデルを、インターネット黎明期に実際に動かしていました。 ■ 3 つの事業は、何を受け継いだのか 3 つを時間の流れでつなぐと、顧客について「何が見えるか」が変わっています。 ・ハイパーダイヤル:会話でのつながり ・IMS:顧客の反応 ・ハイパーシステム:顧客データ ハイパーダイヤルで、人が何を話し、どう反応するかに触れる。 IMS では、その反応を記録し、「誰が何に反応したか」を企業が使える情報にする。 反応が積み重なると、誰が、何を見て、何に興味を示し、どんな回答をしたのかという顧客データになる。 ハイパーシステムでは、そのデータを広告配信に使いました。 前の事業で見えるようになったものが、次の事業では価値の中心になっています。 しかも、受け継がれたのは顧客情報だけではありません。 ハイパーダイヤルでは、多数の利用者を電話システムで処理する技術と運用経験が残る。 IMS では、企業の広告・マーケティング担当者との取引や、顧客情報を収集・管理するノウハウが蓄積される。 そこへ 1990 年代半ばのインターネット普及が重なり、ハイパーシステムにつながりました。 ■ 「誰がお金を払うか」も変わった もう 1 つ変わったのが、費用を負担する相手です。 ・ハイパーダイヤル:利用者が会話の場に払う ・IMS:企業が顧客の反応を知るために払う ・ハイパーシステム:広告主が顧客データを使った広告配信に払う 顧客について見える情報が深まるほど、その情報を欲しがる相手が現れ、収益の取り方も変わっていきました。 流れをまとめると、 1. 前の事業を動かす 2. 新しい顧客の反応や情報が見える 3. それを必要とする相手が見つかる 4. 持っている技術や顧客関係と組み合わせる 5. 次の事業になる という連鎖です。 ダイヤル Q2 の規制のような外部変化も、既存事業で持っていた技術や顧客接点を別の用途へ組み替えるきっかけになっています。 ■ 次の事業の種は、今の事業から見えてくる 新規事業を考えるとき、まず今の事業から新しく見えるようになったものを探してみる。 どんな顧客が反応したのか。 何に興味を示したのか。 どこで困っているのか。 何を繰り返し質問するのか。 どんなデータが自然にたまっているのか。 そして、その反応やデータを強く欲しがる相手は誰か。今は業務の副産物として扱っている情報を、商品やサービスに変えられないか。 ハイパーネットでは、「会話 → 顧客の反応 → 顧客データ」と見えるものが変わるたびに、次の事業が生まれていました。 今の事業を続ける中で、以前には見えなかった顧客の反応やデータは何か。その情報を誰が欲しがるのか。 そこに、次の事業の種が見つかります。
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乙武洋匡さんの『五体不満足 完全版』をもう一度読んでみました。 印象的だったのは「障害は不便です。だけど不幸ではありません」という言葉。 書評として、本書の概要と考えさせられたことをまとめます。 ■ 『五体不満足 完全版』はどんな本か 『五体不満足』は、乙武洋匡さんが自らの半生を振り返った本です。 生まれつき両腕と両脚がない乙武さんが、家族や教師、友人と学校生活を送り、中学・高校で部活動に関わり、大学受験を経て早稲田大学へ進学。大学では地域のバリアフリー活動にも取り組みます。 最初の単行本は 1998 年に刊行されました。『五体不満足 完全版』は 2001 年に発売され、単行本刊行後の経験を描いた第四部とエピローグも加わっています。 本書を通じて印象的なのは、乙武さん自身だけが変化していくわけではないことです。乙武さんと日常をともにした周囲の人たちにも変化が起きています。 その両方をつなぐのが、障害をどう捉えるかという問いです。 ■ 「不便はあるが不幸ではない」から、障害を違いとして捉える 本書を象徴するのが、「障害は不便です。だけど不幸ではありません」という言葉です。 手足がないため、移動や日常動作には不便があります。周囲の助けや道具が必要になる場面もあります。 一方で乙武さんは、友人に囲まれ、学校生活を楽しみ、やりたいことにも挑戦してきました。 ここから私が受け取ったのは、障害を一人の人間が持つ「違い」として見る捉え方です。 人には、身体の特徴、得意不得意、育った環境、経験してきたことなど、それぞれ違いがあります。乙武さんの場合、その違いが「障害」という目に見えやすい形で表れていました。 違いには不便や制約が伴うことがあります。ただ、それが人生全体の幸福まで決めるわけではない。 この捉え方から、違いが周囲と本人の双方に何を生むかを考えられます。 ■ 違いが、コミュニティに助け合いを生む 小学校時代のエピソードが印象に残りました。 後の同窓会で、当時の先生は乙武さんに、乙武さんがいたおかげで「困っている子がいたら自然に助け合えるクラスになった」と伝えます。 乙武さんという異なる条件を持つクラスメイトがいると、日常の中で考える場面が増えます。 一緒に遊ぶにはどうするか。 移動するときには何を手伝うか。 困っているとき、自分に何ができるか。 そうした経験が積み重なると、「困っている人がいたら助ける」という行動が自然になっていきます。 友人の言葉も象徴的です。 最初は乙武さんを見て驚き、どう接すればいいかわからなかった。それでも一緒に話し、ご飯を食べ、日常を過ごすうちに、障害を意識しなくなっていく。 そして遠くへ遊びに行くときになって、「車椅子の乙武さんと一緒に行くにはどうすればいいか」を考える。 本書で語られる「心のバリアフリー」は、こうした日常の中で育っていくものだと感じました。 多様性も同じです。さまざまな人が同じ場にいると、これまで必要のなかった工夫や助け合いが生まれます。 違いのある人と実際に関わるからこそ、「どうすれば一緒にできるか」を考える経験が増え、コミュニティの価値基準も変わっていきます。 ■ 自分の違いを受け入れると、使命感につながる もう一つ強く残ったのが、乙武さんの「ボクには、ボクにしかできないことがある」という言葉です。 乙武さんは、この思いからバリアフリーを目指す活動を始めました。そして、自分の場合は障害がわかりやすい目印だったため、自分の役割に早く気づけたのだろうと振り返っています。 ここでいう「役割」は、割り当てられた仕事というより、自分だから果たしたいことへの使命感に近いように感じました。 自分にしかない経験や条件を受け入れると、 「この自分だから何ができるか」 「自分は何を果たしたいのか」 という問いが生まれます。 仕事や日常にも、自分固有の経験があります。 人より詳しい分野がある。 失敗した経験がある。 遠回りしたから気づけたことがある。 特定の立場にいたから見えたことがある。 自分では弱みや制約と思っていた経験にも、自分だから果たせることにつながる意味が含まれているかもしれません。 ■ 違いが、周囲には価値基準を、自分には使命感を生む 『五体不満足 完全版』を読むと、障害への認識が変わります。 「不便はあるが不幸ではない」と捉える。 すると障害は、その人が持つ一つの違いとして見えてくる。 違いを持つ人がコミュニティにいると、周囲は「どうすれば一緒にできるか」を考えるようになります。そこから助け合いが生まれ、集団の価値基準が変わっていきます。 本人も自分の違いを受け入れると、「自分だからできることは何か」「自分は何を果たしたいのか」を考えられるようになるのです。 自分と違う人に出会ったときには、 「この人も一緒にできるようにするには、何を変えればいいだろう?」 自分自身の違いには、 「この経験や条件を持つ自分だから、何を果たせるだろう?」 と問いかけてみる。 違いは、周囲には助け合いという新しい価値基準を生み、自分には「自分だから果たせること」への自覚をもたらします。 『五体不満足 完全版』から受け取ったのは、違いを受け入れ、そこから何を生み出せるかを考える視点でした。
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「シナジーを生む」 ビジネスの会議では割と簡単に出てくる言葉ですが、 複数の事業があれば自然とシナジーがつくれるわけではありません。 各事業が合理的に動くほど、むしろ全社のシナジーが遠のきます。意外と見落とされやすい落とし穴です。 シナジー効果への幻想とジレンマとは? ■ シナジーとは何か シナジーとは、異なる事業が持つ顧客・技術・販路・知識などを組み合わせ、一つの事業では生み出しにくい価値や成果をつくることです。 共同購買や共通システムによってコストを下げることもシナジーです。顧客基盤と技術を組み合わせ、新しい商品やサービスをつくることも含まれます。 複数の事業を持っている時点では、組み合わせられる経営資源が社内に存在しています。 「顧客基盤がある」 「技術がある」 「販路がある」 経営側から見ると、これらを組み合わせれば大きな成果が出そうに見えます。 ただ、社内に資源がそろっているだけで、それらが自然に結びつくとは限りません。 ■ 「シナジーを生む」で思考停止していないか たとえば A 事業が製造業の顧客や現場の課題をよく知り、B 事業がセンサーやデータ解析の技術を持っているとします。 経営会議では、 「A の顧客基盤と B の技術を組み合わせれば、工場設備の故障を予測する新サービスができそうだ」 と数分で話せます。 現場では、そこから相互理解、検証、調整が始まります。 A 事業は B 事業の技術を理解し、B 事業は A 事業の顧客や現場を理解する必要があります。 何を検知すれば顧客に価値があるのか。 どこまで技術的に実現できるのか。 顧客がお金を払うサービスになるのか。 実際に顧客に試し、反応を見ながら修正していく必要があります。 さらに、誰が予算を持つのか、どの部門から人を出すのか、事業化した場合に誰が責任を持つのかという社内調整も発生します。 「二つの事業を組み合わせる」という一言だけでは、シナジーが実現するまでのメカニズムや因果関係が抜け落ちます。 相互理解が進み、仮説をつくり、顧客に試し、失敗から修正し、社内調整を重ねる。その連鎖の先に、ようやく新しい商品やサービスがあります。 複数事業を持っているからシナジーを生めると考えるだけでは、期待が先に膨らみます。 新しい商品やサービスをつくるケースでは不確実性が高くなりますが、共同購買や共通システムでも同じ問題は起こります。各事業が使ってきた取引先や業務の進め方を合わせる必要があり、全社では合理的でも、各事業には変更の負担が発生します。 さらに難しいのが、各事業にとっての合理性です。 各事業には達成すべき売上・利益・評価があります。限られた人と時間を使うなら、目の前の顧客対応や営業、商品改善を優先するのは自然です。 先ほどの新サービスでも、A 事業の担当者が顧客ヒアリングや実証実験に時間を使えば、既存事業に使える時間は減ります。 しかも、新サービスが商品になるか、いつ売上になるかはまだわかりません。 B 事業も同じです。既存商品の開発を進めれば自部門の成果につながりやすい。事業横断の共同開発は成果が読みにくく、途中で終わる可能性もあります。 すると、各事業が自分たちの目標に沿って合理的に動くほど、事業横断の取り組みは後回しになります。 誰もシナジーに反対していなくても、協働は進まない。 ここにシナジーのジレンマがあります。 各事業にとって合理的な判断の積み重ねが、全社では部分最適となり、シナジーを阻害します。 「縦割りだから連携できない」で片づけると、この構造を見落とします。縦割りの背景には、各事業が自分たちの成果を追うという合理性があります。 ■ シナジーを生むために何が必要か シナジー創出を「余裕があればやること」に置けば、既存事業の日常業務に押し流されます。 先ほどの新サービスなら、A 事業と B 事業から担当者を出し、顧客ヒアリングや実証実験に使う時間を確保する。試作や検証の予算を持たせ、共同プロジェクトへの貢献も評価に含める。 事業横断の取り組みを正式な業務として扱う必要があります。 具体的には、人と時間を確保する。責任者を決める。協働や成果を評価に反映する。他事業の顧客・技術・課題を知る機会をつくる。試行錯誤を続けられる予算と判断基準を持つ。 特に重要なのは評価です。 会社が「シナジーを生もう」と言っても、現場の評価が自部門の売上・利益を中心に決まるなら、現場は評価される業務を優先します。 予算負担や人材配分をめぐって事業間の利害がぶつかることもあります。現場同士の調整だけに任せず、必要に応じて経営層が全社の視点から判断する必要があります。 また、普段から各事業の担当者が顧客課題や技術を共有していれば、「その課題なら別事業の技術が使えるかもしれない」という組み合わせが見つかります。人材交流があれば、相手の事業が何を得意とし、どんな制約を抱えているかも理解しやすくなります。 こうした接点があるからこそ、アイデアが出たときに相談しやすくなり、小さな実証実験へ進めます。そこで顧客の反応を見ながら、サービスの形を変えていきます。 シナジーは、こうした事業間の相互作用を積み重ねる中で具体化します。経営層が組み合わせの可能性を示すだけでは、現場の相互作用までは生まれません。 だから「どの事業とどの事業を組み合わせるか」と同時に、「誰が協働し、そのための人・時間・予算・評価をどう用意するか」まで考える必要があります。 シナジーとは、複数事業を持っているからといって生まれるものではありません。 各事業にとって合理的な行動を乗り越え、部分最適が全体最適化されることで初めて生まれる成果です。
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顧客の今がわかっても、次に何を求めるかまでは見えません。 顧客が進歩すると、状況やジョブ、競合はどう変わるのか? その変化を捉える「ジョブダイナミクス」というものを具体例で解説します。 ■ ジョブは「状況の中で成し遂げたい進歩」 ジョブとは、その人が置かれた状況で成し遂げたい進歩です。 たとえば、子どもの誕生日。ろうそくを吹き消す表情や、プレゼントを開けたときの笑顔を後から振り返れるように、「大切な瞬間を写真として残す」がジョブになります。 ジョブを遂行する商品・サービス・手段を「ワーカー」と呼びます。 実際に写真を残せれば「進歩達成」です。 ■ 顧客を静止画で捉えると、その後が抜け落ちる 顧客理解では、「今どんな状況で、何を成し遂げようとしているか」を深く掘ります。 しかし、写真を撮り続ければスマホには大量の写真がたまります。 「あのときの写真を見せて」と言われても、すぐ見つからない。 「大切な瞬間を残す」という進歩を達成したからこそ、顧客は次の状況へ進んでいます。 一度捉えた状況とジョブは、その後も同じとは限りません。 ■ 進歩達成と周囲との相互作用が、次の状況をつくる 状況が変わる要因には、自分自身の進歩と周囲からの影響があります。 写真が増えたところに、離れて暮らす祖父母から「小さかった頃の写真も見せて」と連絡が来る。 すると「見たい写真をすぐ見つける」という新しいジョブが生じます。 写真を送れば、祖父母から思い出話が返ってきて、別の写真を探すこともある。 新しい写真サービスが登場したり、家族が引っ越したりすれば、状況はさらに変わります。 状況が変わる ↓ ジョブが変わる ↓ ワーカーが変わる ↓ 競合する商品・サービス・行動も変わる ここまで追うと、顧客理解が動き始めます。 ■ 時間展開で状況とジョブの変化を追う 顧客の変化を時間で区切ります。 最初の段階を t1、次を t2、その次を t3 として、「t1 → t2 → t3」と時間を進めます。 たとえば写真なら、 t1 「大切な瞬間を写真として残す」 ワーカー候補は、 ・自分の iPhone や Android スマホで撮る ・デジタルカメラで撮る ・家族や友人のスマホで撮ってもらう 写真を残せれば進歩達成です。 写真が増えると、次の状況へ進みます。 t2 「増えた写真から見たい写真をすぐ見つける」 ワーカー候補は、 ・Google フォトで人物や撮影場所から検索する ・iPhone の「写真」アプリで探す ・自分でアルバムを整理する ・「お気に入り」に入れる ・LINE のトーク履歴から探す Google フォトから見れば、自分で整理する行動や LINE の履歴も競合です。 見たい写真を取り出せるようになると、さらに状況が変わります。 t3 「写真を使って家族や友人と思い出を共有する」 ワーカー候補は、 ・LINE のグループに送る ・Instagram に投稿する ・Google フォトなどで共有する ・AirDrop で直接送る ・その場でスマホの画面を見せる 同じジョブを遂行する競合は、同じ商品カテゴリーの中にいるとは限りません。 「スマホの画面を見せる」という行動さえ競合になります。 実際には t1 → t2 → t3 と一直線に進むとも限りません。 撮ってすぐ共有したり、送った相手の反応から再び写真を探したりする。 本人の進歩と周囲との相互作用が重なり、状況とジョブは動き続けます。 ■ 「ジョブダイナミクス」で次のジョブと競争まで考える マーケティングで顧客を見るとき、今のジョブから時間を先へ進めます。 ・進歩達成後、顧客は次にどんな状況へ進むか? ・周囲の人や環境は、その状況にどう影響するか? ・その状況で次にどんなジョブが生じるか? ・どんなワーカーが適切か? ・顧客は何と比較して選ぶか? 顧客インタビューでも、「今何に困っていますか?」に加えて、「それができるようになった後、何が起こりましたか?」まで聞く。 実際の顧客について、利用前・利用後・現在の状況を時間順に並べます。そこで起きた事実と、次に起こりそうな状況・ジョブの仮説は分けて考えます。 次のジョブで何が満たされていないかを見ると、商品改善や次の競争相手も具体化します。 「ジョブダイナミクス」とは、顧客の状況とジョブが、進歩達成や周囲との相互作用によって時間とともにどう変化していくか、そのメカニズムを捉える考え方です。 顧客の今を理解し、その先まで時間を進める。次のジョブと競争を考えるための顧客理解です。
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ウォークマンから iPod 、Spotify へ。 音楽は、かつて場所を越え、今や所有を越えた。 次は、その瞬間の自分にピッタリ合う音へと、音楽そのものが姿を変えていくのでは? こんな音楽の 50 年と、未来展望を話を書いてみました。 ■ ウォークマンは「音楽を聴く場所」という常識を変えた ・ここでは、イノベーションを「未来の当たり前をつくること」と捉える。それまで一般的ではなかった行動や体験が、新しい商品やサービスをきっかけに広く定着していくことを指す ・1979年のウォークマン以前、音楽を楽しむ中心は家庭のステレオやカーオーディオだった。音楽を聴く場所は、再生機が置かれている場所と結びついていた ・ウォークマンは、小型のカセットプレーヤーとヘッドホンを組み合わせ、歩きながら、電車の中でも、一人で音楽を楽しめる体験をつくった ・現在では街を歩きながらイヤホンで音楽を聴くことは当たり前だが、当時は「音楽を持って外へ出る」という行動自体が新しかった ・その後、携帯音楽プレーヤーはカセットウォークマンから CD ウォークマン、MD ウォークマンへと進化した。媒体や音質、操作性は変わっても、「音楽を自分と一緒に持ち歩く」というウォークマンがつくった新しい生活様式は引き継がれた ・つまりウォークマンがつくった未来の当たり前は、音楽を再生機のある場所から解放し、「音楽が人についてくる」状態だった ■ iPod と Spotify は「音楽を持つ」という制約を順番に外した ・ウォークマンが場所の制約を外した後も、長く残ったのが「何を持ち歩くか」という制約だった。カセット、CD、MD は、いずれも音楽が物理的な媒体に入っていた ・カセットテープでは、市販されたものを買うほか、LP やラジオ、後には CD などから自分で録音して使うことも多かった。録音は基本的にリアルタイムで、60分の音源なら60分かけて録音する。ノイズや録音レベルの失敗、テープの劣化や絡まりといったアナログならではの扱いづらさもあった ・カセットには A 面・B 面があり、途中で裏返す必要がある。早送りや巻き戻しも磁気テープそのものを送り、聴きたい曲の位置まで移動する操作だった ・CD ではデジタル化によって音質や曲の頭出しは改善したが、1枚に収録できる曲数には限りがあった。シングルなら数曲、アルバムでも十数曲程度で、たくさんの音楽を持ち歩きたければ複数枚を持つ必要があった ・MD はさらに小型化し、録音や曲順の編集もしやすくなった。それでも「このディスクに何を入れるか」を決め、一枚ずつラベルを付けたり、ケースに入れたり、持ち出すものを選んだりする物理メディアの管理は残った ・2001年の iPod は、この前提を大きく変えた。「1,000 songs in your pocket」というメッセージが象徴したのは、CD や MD を何枚も持ち歩かなくても、大量の曲を一つの端末の中に入れられることだった ・iPod では、音楽は「CD 1枚」「MD 1枚」という物理単位から離れ、アーティスト、アルバム、曲、プレイリストというデータとして扱われるようになった。大量の曲をホイール操作で探せることも、新しい音楽の持ち方に合った体験だった ・iTunes との連携によって、パソコンで曲を取り込み、整理し、プレイリストをつくり、iPod に同期するまでが一連の体験になった。音楽を媒体ごと管理する状態から、自分の音楽ライブラリ全体を一つにまとめて管理する状態へ進んだ ・Spotify はさらに「曲を自分のものとして持っておく」という前提を外した。聴きたい曲を購入したり、CD から取り込んだり、あらかじめ端末へ同期したりしなくても、その場で検索してすぐに再生できる ・スマートフォンとモバイル通信が組み合わさることで、外出前に「今日は何を入れていこう」と考える必要もなくなった。端末の保存容量より、必要なときに膨大な音楽へアクセスできることが重要になった ・Spotify はさらに、曲名やアーティストを知らなくても、再生履歴や好みに基づくレコメンドやプレイリストによって新しい音楽に出会える体験を広げた ・ウォークマンから Spotify までを見ると、音楽は「再生機のある場所」から離れ、「持ち歩く物理メディア」から離れ、そして「自分が所有している曲」という制約からも離れてきた ■ 次に残る制約は「世の中に存在する曲の中から選ぶこと」 ・Spotify によって、世界中の膨大な音楽へアクセスでき、自分では知らなかった曲までレコメンドしてもらえるようになった。それでも現在の音楽体験には、一つ大きな前提が残っている ・私たちが聴いているのは、基本的には「すでに世の中のどこかで誰かがつくった曲」である。自分が所有しているかどうかは関係なく、Spotify も既存の楽曲カタログの中から、その人に合いそうな曲を探している ・つまり現在の制約は、「今の自分にドンピシャで合う音楽が、すでに世の中のどこかに存在していなければならない」ことにある ・ここまでの音楽体験の歴史を見ると、イノベーションは、それまでユーザーが仕方なく受け入れていた制約を一つずつ外してきた。場所、物理メディア、持ち歩ける量、所有と外れてきた先に、この「既存曲の中から選ぶ」という前提が残っている ・生成 AI によって、この前提そのものが変わる可能性がある。世の中にある曲から今の自分に近いものを探す代わりに、その瞬間の自分に合う音楽そのものを、その場で生み出せるからだ ■ 次の音楽は、その瞬間の自分に合わせて姿を変える ・同じ人でも、平日の朝の通勤、仕事や勉強に集中したいとき、家事をしているとき、夜にリラックスしているとき、休日に読書をしているときでは、心地よい音楽は違う ・さらに同じ場面でも、その日の疲労、ストレス、眠気、集中度、気分によって合う音は変わる。本人自身が「今の自分にはこの音楽が合う」と正確に言語化できない状態まで含まれる ・将来は、再生・スキップ・リピート履歴などから本人の音楽の好みを深く理解するとともに、ウェアラブル端末やイヤホンなどから得られる心拍数、心拍変動、呼吸、体温、身体の動きといったバイオメトリクスから、その瞬間の身体状態まで捉えられる可能性がある ・さらにセンシング技術が進めば、皮膚の電気的反応や脳波などから、緊張、集中、覚醒、リラックスといった、本人が意識していない心理状態まで推定できるようになるかもしれない ・「どんな音楽を好む人なのか」と「今どんな状態なのか」を組み合わせ、テンポ、リズム、音色、声、楽器、曲調、展開などをその場で生成する。平日の朝の通勤でも、眠気の残る家を出た直後と、仕事へ意識が切り替わっていく電車の中では、流れる音そのものが変わっていく ・一曲ごとに完成した音楽を再生するという単位も薄れる可能性がある。曲と曲の切れ目がなくなり、その人の状態の変化に合わせて音楽がシームレスにつながり、連続的に姿を変えながら流れ続ける ・仕事に集中し始めれば集中を妨げない音へ変わり、家事を始めれば身体を動かしやすいリズムへ変わり、夜になれば自然に刺激を抑える。休日の読書ではページをめくる時間を邪魔しない音へと変わる。ユーザーが毎回曲やプレイリストを選び直す必要もなくなる ・未来の音楽では、「どの曲を聴こうか」と選ぶこと自体が体験の中心ではなくなる。その瞬間の自分に合わせて音楽が生まれ、変わり続けることが当たり前になる ・音楽は、かつて場所を越え、今や所有を越えた。次は、その瞬間の自分にドンピシャで合う音へと、音楽そのものが姿を変えていく
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「自分はこういう人間だ」という自己評価は、本当に事実なのか? 太宰治『人間失格』を読み終えると、タイトルの意味が違って見えてきます。 葉蔵が下した「人間失格」という自己認識は、本当にそうなのか? 本書のあらすじと教訓を書いてみました。 ■ 太宰治『人間失格』はどんな物語か 『人間失格』は、主人公・大庭葉蔵が幼少期から 27 歳までの人生を三つの手記として振り返る形で進みます。 葉蔵は東北の裕福な家庭に生まれます。幼い頃から、食事をする、人と会話をする、怒るといった人間の当たり前の営みをうまく理解できず、周囲の人を強く恐れていました。 家族に対しても本当の気持ちを言えません。相手の顔色をうかがい、人を笑わせる「道化」を演じるようになります。 周囲からはひょうきんで人当たりのよい子どもに見えていましたが、本人は「人間がわからない」という恐怖を抱えたままでした。 成長して東京で暮らすようになった葉蔵は、堀木と出会います。酒や煙草、女性との遊びを覚え、やがてカフェで働くツネ子と心中を図ります。ツネ子は亡くなり、葉蔵だけが生き残りました。 その後はシヅ子と、その娘シゲ子と暮らし、漫画を描いて収入を得るようになります。 さらに煙草屋で働くヨシ子と出会い、二人は結婚します。葉蔵は酒をやめ、漫画の仕事に取り組み、自分も人間らしく生きられるかもしれないという希望を抱きます。 ところが、ヨシ子が葉蔵の仕事関係の商人から性的な被害を受けます。 人を疑わないヨシ子を大切に思っていた葉蔵は大きな衝撃を受け、人間への疑いと恐怖をさらに深めます。 再び酒に溺れ、睡眠薬による自殺未遂を経て、今度はモルヒネに依存するようになります。やがてモルヒネなしでは仕事もできない状態に陥りました。 ヒラメと堀木に連れられて入ったのは、葉蔵が想像していた療養施設ではなく、作品中で「脳病院」と呼ばれる場所でした。 自分が社会から「狂人」として扱われたと受け止めた葉蔵は、ここで自らに、「人間、失格。」という言葉を向けます。 退院後は東京を離れ、東北の田舎で静養します。それから 3 年余りが経ち、葉蔵は 27 歳になりました。 手記は、「いまは自分には、幸福も不幸もありません」「ただ、一さいは過ぎて行きます」という境地で終わります。 ただ、『人間失格』は葉蔵の手記だけでは終わりません。 最後の「あとがき」で、葉蔵を知っていたバーのマダムは、彼についてこう語ります。 「神様みたいないい子でした」 自分を「人間失格」と評価した葉蔵。 その葉蔵を「神様みたいないい子」と記憶していたマダム。 大きく異なる二つの評価が置かれて、小説は幕を閉じます。 ■ 「人間失格」という主人公の自己評価は真実だったのか 葉蔵の人生だけをたどれば、少しずつ破滅していった人にも見えます。 酒、女性、心中未遂、薬物依存。実際に周囲を巻き込み、多くの問題を起こしました。 一方、幼少期までさかのぼると、葉蔵はずっと「人間がわからない」という恐怖を抱えています。 本当の気持ちを出せず、道化を演じて周囲に合わせる。人との距離を縮めようとするほど、自分の内側では孤独が深まっていきました。 酒や女性、薬物への依存も、この人生の流れの中で起きています。 葉蔵は失敗や弱さを重ねながら、「自分は普通の人間として生きられない」という見方を強め、最後に自らを「人間失格」と評価しました。 ここで大事なのは、「人間失格」が誰かから下された判定ではないことです。 葉蔵自身が、自分の人生を振り返ってつけた言葉です。 しかし、マダムから見た葉蔵は「神様みたいないい子」でした。 「自分は人間として失格している」という自己認識は、本当に事実だったのでしょうか? 一人の人間の全体を、「人間失格」という一語で言い切れるのか。 太宰は最後に別の視点を置き、読者に判断を預けています。 ■ ものごとへの認識への示唆 葉蔵自身の自己評価と、周囲から見た葉蔵の姿の違いは、自分や他者、ものごとをどう捉えるかについても考えさせられます。 [示唆 1] 自分が自分に下した評価を、事実と思い込まない 私たちは、自分のことを自分が一番よく知っていると思いやすいものです。 しかし、自分を見る視点にも偏りは生まれます。 失敗が続けば「自分は仕事ができない」と思う。人間関係でうまくいかない経験が重なれば、「自分は人付き合いが苦手だ」と考える。 いくつかの出来事をつなぎ合わせて、「自分はこういう人間だ」という説明をつくります。 葉蔵も、自分の人生を「自分は人間社会に適応できない」という見方で振り返っています。 その見方から過去を眺めれば、失敗や弱さの一つひとつが「人間失格」を裏づける材料になります。 ところが、マダムから見た葉蔵は違いました。 自分から見た自分も、自分を捉える一つの視点にすぎません。 自分への評価が厳しくなったときには、「これは事実なのか、それとも自分がつけた解釈なのか」と分けてみる。 『人間失格』は、そんな問いを自分に向けるきっかけを与えてくれます。 [示唆 2] 人や物事を、一つの側面だけで判断しない 葉蔵には、酒や薬物に溺れ、周囲に迷惑をかけた側面があります。 同じ葉蔵が、人を怖がりながらも人を笑わせようとし、身近な人からは優しい人物として見られていました。 人はいくつもの顔を持っています。 家庭で見せる姿と職場での姿が違うこともあれば、ある人には無愛想に見え、別の人には誠実に見えることもあります。 一つの行動や出来事だけを取り出すと、その人を理解したような気になります。 見る人や時期、置かれた状況が変われば、別の姿も見えてきます。 これは人に限りません。会社、商品、出来事、社会の問題も、どの立場から見るかで見え方は変わります。 何かを判断するときには、「別の側面から見るとどう見えるだろう」と問い直してみる。 自分が自分に下した評価も、誰かについて抱いた印象も、全体の一部からつくられたものかもしれません。 「人間失格」と「神様みたいないい子」。 『人間失格』の最後に残された二つの言葉は、自分や他者を一つの評価だけで決めてしまっていないかを、今を生きる私たちにも問いかけているように思います。
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