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先日出た「豪の部屋」
自分で自分の説明を、人前で2時間もするなんて機会は、なかなかないかもな〜、
いや、これから出会う、知り合う人にも、とりあえずこれ見てください、て言えば、説明が済む、てっとり早いのかも!
と思って、当分プロフに固定しておくわ〜
youtu.be/a0iEv_fvcVc?si=P5Vo…
次男が学生時代を過ごした八王子の部屋を引き払って、就職にともない都心に引っ越すので、片づけや手続きの付き合いに来て、ついでに八王子に新しく整備されたという公園にいるよ
かつては刑務所かあった場所らしいの
しかし村上龍は、坂本龍一と握手して「おれたちの時代だ!」と言う、一年前くらいには「ぼくは、最近流行ってるイエローマジックなんとか、みたいなのは、つまらないと思いますね」と発言してたのを見たので、どっか信用できないな〜という印象のままだったな
ま、バンドとソロでは違うかの!
かとうけんそう retweeted
お知らせ
先月からの体調不良で様々な検査の結果
原発巣 横行結腸癌
多発肝転移 多発リンパ節転移
ステージ4
ということで来週から入院、手術となりました。
横行結腸癌は手術で取って、
その後転移の部分は抗がん剤で治療していくことになります。
イベント、撮影の予定など来月の中頃までは一旦キャンセルしました。
その後の予定は、治療の経過を見てということになりそうです。
お約束をしていた方にはご迷惑をおかけします。
前向きに治療していきますので、
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
常盤響
かとうけんそう retweeted
🚩『岸野雄一の地球が奏でる音めぐり 』このあと間も無くスタートします!今夜は東京タワーズ🗼あり、映画🎬あり、🏮盆踊りあり、濃〜い45分間‼️ぜひお聞きくださいね〜🌏
#ちきゅかな
#東京タワーズ
2026/10/23(金) 18:00-18:45 radiko.jp/share/?t=202610231… #
ま、数十年前、若い頃は多少、売れっ子だった時期もあり、今の数倍、収入がありましたが、そのとき「稼げるようになると一気に健康保険料って増えるんだな〜」と思った金額と、
いま年収が数分の1になったときの健康保険料が、あんま変わらないんですよ! どんだけ上がっていくのかな〜
昨日はニッポニアでムーンライダーズ「最後の晩餐」が出たとき、慶一さんとインストアイベントで対談をやったときのフライヤを見て
そういえば最後の晩餐の写真って、映画「タンポポ」の自分が出てたシーンに雰囲気がちょっと似てたな、と思って笑ったよ
自分が関わったり主催した30年以上前のライブのもファイルブックの中にいくつかあったよ〜
まあ自分の実家の押し入れも、探せば、いろいろ出てくると思うんだけど!
日頃から整理して、どこに何があるか覚えてないとダメじゃね!
行ってきたよ〜
いきなり自分も見た覚えのない、リーマンズの大判ポスター、レコード屋販促用B2サイズが!
大槻のボヨヨンロックと隣にふぁいりんされてるのもイイね!
主催のニッポニア浜里くんとは1988年のテクノ10周年イベからの知り合いです! 本物プロフェットでライディーンの練習してたよ〜
【展覧会のお知らせ】
ニューニッポニア展
「街にチラシがあったころ~ぼくを育てた 80~90年代カルチャーの断片」
ー杉並区と中野区の境、住所非公開の一軒家、スナック「ニューニッポニア」が神田「手と花|TETOKA」に期間限定でオープンします。
企画・構成 浜里堅太郎(ニューニッポニア)
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テクノポップ、ニューウェーヴ、アンダーグランドカルチャーに各種のインディーズ表現。更に言えばYMOと東京グランギニョル。などなどをテーマに、都内某所で不定期に開催している大人の社交場、スナック「ニューニッポニア」。
そのニューニッポニアを運営する浜里堅太郎は、新宿区歌舞伎町に生まれ、大久保・西新宿で育ちました。紀伊國屋ホールから花園神社、コマ劇場から新宿LOFT、帝都無線からUKエジソンまで、猥雑も混沌も、メインストリームからサブカルチャーまで、それら全てを全身に浴びて育ちました。
1984年、16歳の時、あるチラシを手にします。そのチラシに導かれ、アートシアター新宿である演劇に出会ってしまう。東京グランギニョルでした。そして同時期、世を席巻していたスーパーバンドYMOが「BGM」や「テクノデリック」をリリースしたのち、この年、散開します。
この原体験を経て、後に浜里は、個人の視点で、自身の体験に基づくカルチャー資料を収集・保存することになるのですが、その行為が顕現するのはもっとずっと先のこと。
きっかけは2018年、都内某所の古い一軒家を改装したスペース「ニューニッポニア」をオープンすることから始りました。そのスペースで、自身が80年代に大きな影響を受けたYMO周辺のテクノポップや、自身が在籍した東京グランギニョルなどの当時の資料を集め始めていました。するとまもなくパンデミックが始まり、そこで時間ができたことにより資料収集が加速。1980年代半ばから90年代初頭にかけての日本のインディーズ・シーンのチラシを大量入手することになったのです。
それらをSNSで紹介したところ、編集者・都築響一さんの目に留まり、メールマガジン「ROADSIDERS' Weekly」で、エッセイ「街にチラシがあったころ」の連載が始まりました。
ところが浜里は、それらインディーズチラシ(バンドや演劇、映画やイベント等)の醸し出す強烈な時代の空気感に圧倒されつつも、当時それらにほとんど興味が無く、実際に足を運んだ経験も無かった自分に気づきます。当時興味があったのは、あくまで自身が16歳で参加した東京グランギニョルで、加えて音楽における圧倒的な興味は、現在進行形で活動に触れていたYMOだったのです。
しかし両者の距離は、本当に遠いものであったのだろうか?
今回、展示会場の壁を覆うのは、80年代初頭の手書きや切り貼りに始まり、ワープロ文字によるデザインがまだ色濃く残るもの、パソコンによるDTPに移行してゆく80年代後半以降の各インディーズ・シーンのもの、テクノポップ、ニューウェーヴ、パンク、新宿LOFTなどのライブハウスで配られた様々なインディーズバンド、レコードショップに置かれた海外バンドの来日公演からカルトムービーまで、およそ数百点に及ぶチラシたち。
まずはそれらの混沌が、当時の時代のアトモスフィアとして、浜里に多大な影響を与えたものたちとも共振し合う大きな揺籃となって、手と花の壁を覆います。
そして展示の核となるのは、浜里がこれまで収集・保存してきたYMO関連の資料の数々。そして自身がスタッフとしても関わった、東京グランギニョルを起点とする、舞台・演劇関連の資料たち。
二つもまた、普通は並ばないのかもしれません。片や世界市場をフィールドに、オーバーグラウンドで活躍したスーパーバンド、片や当時アンダーグラウンドで熱狂的な支持を得た突出した演劇表現。しかし一見両極にも見える彼らは、当時の混沌のなかで同時に存在し、いくつかのクロスポイントを共有し、両者がそれぞれ互いの表現に触れていた事も、今回、資料を通して確認できます。
あの時代。40年の時を経て今も、あの時、彼らが蒔いた種子は飛散し、その創造のミームに触れた者たちは、多大な影響の波を浴び、今も拡張し育っている。そうした全てが、都内某所の一軒家「ニューニッポニア」のあの空間を形作ったのです。
本展は、あくまで個人的な視点によって集められた・偏った「ニューニッポニア=浜里堅太郎コレクション」にすぎません。しかしそれが、とある個人(浜里)にここまで影響を与えた「何者」かを探し、その時代をリスペクトする、ささやかな導きとなることを願います。
文:大橋二郎(eavam)
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長めの脚注
◆浜里の両親は西新宿でスナックを営んでました。その場所で、浜里は00年代より、自分が影響を受けたもろもろを投入し、週末のみのスペース「ニッポニア」を始めていました。ディープなサブカルチャーの価値観・世界観が支配する大人の社交場「ニューニッポニア」の芽であり前身です。
◆浜里が多大な影響を受け、その資料収集と保存に情熱を傾けた人々は、現在進行形の表現者です。なかにはすでに物故された方もいるものの、今も変化し表現し続ける方たちです。その上で、今回のニューニッポニア展では、YMOは結成から散開~再生(93年)前後まで、当時浜里が関わり続けた舞台作品は、東京グランギニョル~コシミハルさんとのコラボレーション「ドナドナ(donor-donor)」(93年)までと、93年を一つの区切りとしました。そしてそれらと時を同じくしてあった、無数のインディーズカルチャーの断片たちの孕む熱。
リアルタイムで必ず新譜をチェックしていたこと、自らその活動に飛び込んで行ったこと、それはあくまで浜里の体験・記憶であり個人史です。この展示は、そんな個人の手で収集された資料コレクションの開陳であると同時に、浜里がいつしか深くのめり込むことになった収集・保存という行為そのものの展示です。
◆ 連載「街にチラシがあったころ」で綴った、丸尾末広さんのポスター画に惹かれて観に行き、16歳で参加した劇団・東京グランギニョルでの80年代の体験記などを再録した「ニューニッポニアZINE VOL.1 ー東京グランギニョルとその時代」を会場にて販売します。(浜里)
◆ 会期中には関連企画として、飴屋法水さんをお呼びしたトークイベント「東京グランギニョルとその時代」を開催予定です。詳細は追ってお知らせします。ほかにも各種イベントを企画中です。(浜里)
◆ 会場の「手と花」は、93年の「ドナドナ(donor-donor)」で、ともにスタッフをしていた当時の仲間、小林千絵子さんと手塚敦嗣さんが立ち上げたカフェギャラリーです。入場は無料(よろしければ1Dオーダーお願いします)。ゆっくりとご覧いただけると嬉しいです。(浜里)
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ニューニッポニア展
「街にチラシがあったころ~ぼくを育てた80~90年代カルチャーの断片」
会期:2026年10月17日(土)~11月1日(日)
営業時間:16:00~22:00
会場:手と花 | TETOKA
住所:東京都千代田区神田司町2-16-6・1F
入場:無料(よろしければ1Dオーダーお願いします)
資料協力:大橋二郎さん(eavam)、岡野昌代さん、栗原叔子さん、unico (福岡邦子)さん、萩原嘉博さん、ムロフシカエさん、森嶋良子さん、安田理央さん、wasserbrau VIIさん
Special Thanks:ぼくを育てた80年代~90年代全てのカルチャーとその表現者たち。
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え?黒コゲのホリデイ やるのかな?
「黒こげのホリデイ」は、女優・声優の犬山イヌコ(旧名:犬山犬子)さんが歌う楽曲です。
1993年にアポロンから発売されたソロ・アルバム『東京ポーキュパイン・コレクション Vol.3』に収録されました。劇団「ナイロン100℃」の舞台『テイク・ザ・マネー・アンド・ラン』(1999年)の挿入歌としても使用されています。
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Longtime Iron Maiden drummer Nicko McBrain says he turned down an invitation to play golf with Donald Trump.
"I'm not politically inclined, although I must be because I have my thoughts about him. I'm not amused by the narcissism, and all this kerfuffle about the Epstein files and whatnot, and especially the debauched war that he's put on Iran. And this Pete Hegseth business — oh, he's going to be put in prison. My last word on Trump and his bunch of cronies is, they should be put in jail."
consequence.net/2026/10/iron…
DEVOのサードアルバム(1980)、元タイトルは
「FREEDOME OF CHOICE」で、同名のタイトル・チューンが6曲目に入ってる
けど、邦題はアルバムタイトルが「欲望心理学」で、
曲名は「自由という名の欲望」になっている
シングルにもなってないし
こういう例って、他にあるのかな?













































