軍 曹 retweeted
セメダインDなかなかいいかもしれない。
人形が倒れない保持力あり、
手が当たって倒しても足折れず、地面も持っていかれない。
前使ってたBBXと比べすぐ接着できて、乾燥後は両方接着残らず剥がせる。
ジオラマで人形とか車の固定に今後使えるかも。
軍 曹 retweeted
【おしらせ】
立石かえで(@tateishi_kaede)をフォローしてプレゼント‼️
ご来館いただきSNSフォローとこのポストをリポストした画面をご提示で、特製A4サイズ下敷きをプレゼントいたします📣
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🚨ご来館の際は、営業時間と休館日にご注意ください
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皆様のご来館をお待ちしております🎃
■トミックスショールーム東京 秋葉原 tomixworld.jp
軍 曹 retweeted
何が起きたのか分かり易く説明します。
パソコンのブラウザは、昔から「ただの文書ファイル」なら確認画面を出さずにダウンロードフォルダへ保存します。文書は勝手に動かないので安全だ、という30年来の常識があるからです。
一方、Claude Code や Codex のような「AIエージェント」は、起動したフォルダの中に AGENTS.md や CLAUDE.md という名前のメモがあると、それを「今回の作業の指示書」として読みます。これは正式な機能で、普段は便利に使われています。
この二つが組み合わさると、こうなります。細工されたWebページを開いただけで、ダウンロードフォルダに偽の指示書が勝手に置かれます。あとで「落としたファイルを整理して」とそのフォルダでAIを起動すると、AIは偽の指示書を上司のメモだと思って従います。誰が置いたメモかは確認しません。
たとえるなら、真面目な新人さんが、机の上に置いてあった「社長より」と書かれた紙を疑わずに実行し、金庫の暗証番号を知らない番号に変えてしまうようなものです。犯人に合鍵まで渡して。
偽の指示書は何をさせるのか
Codex の場合は「settings.json(命令プログラム)
に新しい部品を登録して、安全装置を外して動作確認して」と書いてあります。settings.jsonはパソコン全体に効くので、以後どのフォルダで起動しても犯人の部品が読み込まれます。ダウンロードフォルダの偽メモを消しても、settings.jsonに残った毒は消えません。実験では9割以上で成功しました。
Claude Code の場合は「AIの接続先をこのアドレスに変えて」と書いてあります。変わった瞬間に、あなたのログイン用の合鍵が犯人のサーバへ送られます。犯人はその合鍵であなたになりすませますし、AIのふりをしてパソコンに命令を出すこともできます。実験では半分ほどで成功しました。
なぜ「修正版」が出ないのか
ブラウザが文書を黙って保存するのも、AIがフォルダの指示書を読むのも、どちらも正常な機能だからです。悪いのは組み合わせであって、どちらか片方を止めると普段の便利さが消えます。だから「使う側が気をつける」しかない、というのがこの話の怖いところです。
誰が気をつけるべきか
AIエージェント、つまり「パソコンの中のファイルを読んだり書いたりできるAI」を使っている人です。
ブラウザで ChatGPT や Claude とチャットしているだけの人は、この件の対象ではありません。
守り方は三つ
1. ダウンロードフォルダでAIエージェントを起動しない。空のフォルダか、その案件専用のフォルダで起動する。
2. 起動するフォルダに、見覚えのない AGENTS.md や CLAUDE.md す。
3. AIが「安全装置を外します」「承認なしで進めます」と言い出したら、それ自体を危険信号として止める。月に一度は設定ファイルを点検する。
とにかく自己防衛力を高めていきましょう。
もしAIのセキュリティ対策について分からないことがあれば相談に乗るので連絡ください。
プロフィールに相談リンクあります。
千万别在你的 ~/Downloads(下载)文件夹里启动 Claude Code 或 Codex。
昨天安全机构 Forever 披露了一起在真实客户电脑上抓到的野生攻击,看完只能感叹:过去 30 年的系统安全常识,在 AI 时代归零了。
过去 30 年,Chrome 默认允许网页不弹窗就往你的 ~/Downloads 塞一个纯文本文件(比如 .md)。因为系统认为:纯文本又不是 .exe,自己不会跑,怕什么?
但现在,接近 50% 的开发者干过同一件事——直接在 ~/Downloads 里打开 Claude Code 或 Codex,让 AI 帮自己解压或整理刚下载的文件。
黑客就是卡住这个死角,通过网页静默下载往你的 Downloads 塞一个 13KB 的纯文本 AGENTS.md / CLAUDE.md:
1. 对付 OpenAI Codex(成功率 >90%):
伪装成「工程规范」的 Markdown 指示 Codex 先往全局配置 ~/.codex/config.toml 注册一个恶意 MCP 服务,并自己加上 --dangerously-bypass-approvals-and-sandbox 跑校验。哪怕你关掉 Downloads,以后在任何正经项目里开 Codex 都会自动加载木马。
2. 对付 Claude Code(成功率 ~50%):
指示 Claude 建一个 .claude/settings.json,把 ANTHROPIC_BASE_URL 指向黑客服务器。连上的第一秒,你的 Claude 登录 Token 直接明文送给黑客;下一秒,黑客假扮成大模型下发一条关沙盒的 Bash 指令,直接接管电脑。
最黑色幽默的是官方结论:
这个洞没有 CVE,OpenAI 和 Anthropic 也不会发补丁。因为「浏览器自动存文本」是正常功能,「AI 认真读目录下的 Markdown 并严格执行」也是正常功能。
以前黑客想黑你,得苦心积虑写 0day;现在只需要写一篇排版优雅的 Markdown 小作文,你的 AI 就会自己把沙盒关了、把网线接过去、顺手把账号双手奉上。
日本の作品で暴力が描かれるとき、それは幾つかの比喩を孕んでいる。
1)犯罪がいかに理不尽であるかを例示するため
2)戦争中などで行使される暴力の理不尽を描くため
3)理不尽に抵抗して生き残ることを肯定するため
4)悪(日本の作品では単純な絶対悪だけではなく、別の正義の場合もある)と対立したとき、多くの場合相手を説得できず、実力行使で圧倒しなければならないときがあることを示すため
5)対話不能な暴力(例えば話の通じない魔物の集団がダンジョンから溢れ出てくる、など)は、日本列島で頻発する風水害、地震、津浪、噴火、広域火災、熊などの獣害、などの「対話で解決できない自然災害」の比喩
日本人の文化が容認する暴力描写は、
「生き残らなければならない」
「ギリギリまで対話を試みるべきだが、対話が成り立たない相手と対峙したとき、生き残るために戦わなければならない」
「戦うと決めたからには、死力を尽くさなければならない」
「手加減して勝てるほど相手は弱くないし、相手も手加減はしてくれない」
という覚悟を描き込むことに注力している。
一大内戦時代だった戦国絵巻がそうであり、徳川幕府を倒す革命だった戊辰戦争に至る明治維新がそうであり、対米絶滅戦争だったら太平洋戦争がそうだった。
大人向けの作品では「多くそうまでしなければならなかったのは何故なのか?」について主人公は悩むし、読者も視聴者も同じように「他に道はなかったのか?」と悩む。
そういう問いを考えることを強いてくる作品ほど、「できるだけ現実に寄せた惨劇」を描こうとする。まあ、日本にも日本なりの手加減というのはあるので、いくらかはマイルドにされるけど。
*
純粋に子供向け(幼児向け)のものは「ファミリー向け」とカテゴライズされるけど、それらでは比較的暴力描写は少ない。
「みんな仲良く」を最初に叩き込まれるけど、同時に勧善懲悪も刷り込まれる。
日本人が恐らく一人の例外もなく知っている物語に「桃太郎」がある。絵本の読み聞かせなどで最初に知る物語、活劇で、小学校入学以前に子供たちだけで演じる演劇のみ題材にもなっている。
桃太郎では、
・勧善懲悪(正義の側に立ち、悪を懲らしめ、正しいことをしなさい)
・報恩報仇(良くされたら恩に報い、悪いことをされたら仇を打って報復しなさい)
・忠君忠信(リーダーの言うことを聞くこと、配下を裏切らないこと。組織秩序の維持)
・契約厳守(お腰に付けた吉備団子で契約が結ばれる)
ざっくりこのへんが語られる。それこそ、一歳児の寝物語、二歳児に言葉を教えるついでに最初に読み聞かせるのがこれ。
「老夫婦の養子になった桃太郎は、人々を苦しめる鬼ヶ島を襲撃して鬼を「懲らしめ」て奪われた財宝を取り返し、自分をいつくしんでくれた老夫婦に恩を返した」
という物語。
ここから日本人の物語人生と善悪を教える躾が始まる。
何故鬼は人々を襲ったのか、何故桃太郎は鬼に暴力を振るったのか、他に方法はあったと思うか?
そういうのを「痛み苦しみ」を、描きながら繰り返し問う。
なので、日本の様々な漫画・アニメのヒーローは、桃太郎の残した宿題をそれぞれの作者なりの答えを示す形で織り込んでたりする。
なるほど、と共感するかも知れないし、それすら絶対の正解ではないかもしれないから、また別の物語を読む。
是非はあるけど、
「殴られる経験がないと、殴ることに躊躇がなくなる。殴る経験がなければ、殴った自分の手も痛いことを知らないままになる。弱い力でつかみ合う経験がないままに、ナイフを振り回すようになる前に、痛みを知る訓練が必要なのではないか。どうにもならない理不尽があることを教えるべきではないか」
そういう躾もあって、暴力と立ち向かう、比定する、逃れることを覚えて欲しいなら、「暴力とはどのようなものか」を教えなければならない。
子供の視界に入るところに置かれた架空の物語の中で描かれる暴力は、子供が大人になる前にすませておくべき予防接種だと思うよ。
子供が、いつまでも大人に守らせるのを当たり前だと思わないようにするために。
小学生が一人で登下校する社会だからこそ、子供だけで遊んでいるときに突然地震が起きるかもしれない国だからこそ、掛け値なしの暴力に備える必要はある。
比較的治安がよく、子供たちが薬中が拳銃ぶらぶらさせる本物の暴力に晒されないで済んでいるのは幸運だと思うけど、それも大多数が勧善懲悪を躾られて育つからかもな。
軍 曹 retweeted
コンビニも、物流も、介護も、建設も、どこもかしこも「人が来ない」「若手が辞める」「このままでは事業が回らない」と悲鳴を上げている。経済紙を開けば人手不足倒産の文字が躍り、経営者団体は外国人労働者の受け入れ拡大を訴え、政府には補助金を求める。
だが、少し思い出してほしい。
二十数年前、企業が氷河期世代に何と言ったか。
大卒の求人倍率が1倍を割り込み、百社受けて内定ゼロが珍しくなかった時代。面接官は平然と言った。「君の代わりなんていくらでもいるんだよ」。正社員の椅子に座れなかった者には派遣・契約の道しか残されず、そこでも「嫌なら辞めていい、代わりはいくらでもいる」と言われ続けた。雇用の調整弁として使われ、景気が悪くなれば真っ先に切られ、スキルを積む機会も与えられず、そして年を取ったら「経験がない」「年齢が高い」と門前払い。
これが氷河期世代が浴び続けてきた言葉です。
では問います。
人を「替えの利く部品」として扱ってきた企業が、いざ部品が足りなくなった途端に「人材は宝」「人は財産」と言い出す。この変わり身を、なぜ私たちは黙って見ていなければならないのでしょうか。
人手不足に困っている企業に向かって「お前らの代わりなんていくらでもあるよ」と言ったら、きっと眉をひそめられるでしょう。「不謹慎だ」「日本経済のためにならない」と。
しかし、それはかつて自分たちが言っていた言葉です。市場原理を持ち出し、「選ぶのは企業側だ」と胸を張っていたのは誰だったか。ならば今、市場原理に従って労働者が企業を選び、条件の悪い会社が淘汰されることの何がいけないのか。人が集まらない会社の代わりは、いくらでもあるのです。
私は保守の立場から物を言っています。だからこそ、ここははっきりさせておきたい。
かつての日本の企業は、終身雇用と年功序列のもとで社員を家族のように扱い、会社が一つの共同体として機能していました。その良し悪しは議論の余地があるにせよ、少なくとも「人を育てる」「人を簡単に捨てない」という倫理がそこにはあった。
それを壊したのは誰か。「グローバル競争」「構造改革」の掛け声のもと、正社員を削り、非正規に置き換え、人件費をコストとしか見なくなった企業自身です。保守を標榜する政治家たちもまた、その流れに喝采を送った。
共同体を壊し、若者を使い捨て、少子化の一因を作っておきながら、人が足りなくなったら「移民で補え」「シニアも働け」「若者は根性がない」。これのどこが保守なのか。守るべきものを自ら切り崩した者に、保守を語る資格はありません。
人手不足は自然災害ではありません。
賃金を上げず、待遇を改善せず、人を育てず、使い潰してきた。その帰結として、人が来なくなった。それだけの話です。
氷河期世代は今、40代後半から50代に差しかかっています。この世代は一度も「売り手市場」を経験せず、企業に選ばれる側として生きてきた。いまさら「人材は宝です」と言われても、その言葉を信じられる人がどれほどいるでしょうか。
困っている企業に必要なのは、同情ではなく反省です。
人を大事にする会社には、人は集まる。集まらないなら、それが答えです。
「お前の代わりなんていくらでもいる」——その言葉、熨斗をつけてそっくりそのまま返してあげましょう。
軍 曹 retweeted
【秋のKATOまつり2026】
📆10/24(土)・10/25(日) 10:00~17:00
📍当店2F/5F 特設会場
蚤の市・KATOくじ、KATO京都駅店出張販売の他、24日(土)には、あの ”Dr.小出” が 今回も #ホビセンフェスティバル にやってきます! ご来場、 お待ちしております!! #秋のKATOまつり2026
軍 曹 retweeted
わたらせ渓谷鐵道では2027年1月に導入予定の、新型車両のデザインが決まりました。
詳しくはこちらをご覧ください。
watetsu.com/news/news_det.ph…
咲夜から通知ピコン♪ピコン♪
言ってるなぁっと思ってだけど、酒呑んでたんで、気にせず寝てて
朝見たら100万プレビュー
街の模型屋がなくなったのはトイザらスのせいと言うことに
時代の流れだ
少子化だ
消費者は悪くない
努力が足りない
あー、やっぱり言われてる。
それが30年に渡り日本をダメにした思想なんだと思いますよ。
経済学において
消費と所得はイコールです。
過度な安売りを繰り返して、街の模型屋や問屋、メーカーの利益分を無くしたら、
どんどん業界が細ってしまった。
定価というものには
メーカー、問屋、小売が利益を載せて適正に消費者に届ける分配割合が存在する。
例えば最初の定価を10として
メーカー:問屋:小売=5:1:4
みたいなモデルがあるとする。
トイザらスがやって来て、最初は自らの利益を削って5:1:1:割引3みたいにする。
当然数年で街の模型屋が潰れる。
やがて問屋にもっと安くならないかの圧力があり、5:0.5:1:割引3.5みたいになって問屋がきめ細かい対応が出来なくなり、在庫を持たなくなる。
メーカーにも割引圧力がくる。
仕方ありませんね〜
4:0.5:1:割引4.5みたいになる
メーカーも苦しくなる。新規開発ができなくなる。
ここで業界としてほぼ崩壊。
仕方ない、メーカーは薄利だから徐々に値上げしていく。割合は変えぬまま極端に言うと
メーカー:問屋:小売:割引=8:1:2:割引9
ここで消費者の皆さん、気付いて欲しい。
実は全然安く手に入れていない。
品質、品揃え、サービス、全て悪くなったが、値段は上がる。
結局、定価が意味をなさなくなり、やった!二割引きだ!三割引きだっ!お得だ!って言ってるけど20年前の定価で買ってるだけ。
でも値段が高くなったからみんな買えなくなって、結構業界の総額も下がっていく。
焼け野原。
トイザらスがやらなくても焼け野原になったかもしれない。
誰が悪いと言うことはないかもしれない。
メーカーも問屋もだいぶ悪い。
模型業界だけではなく、家電も食品も日本の流通どこかで同じ構図あるよね。
そうならないようにするにはどうしたら良いのか。
可処分所得を削って商売を成り立たせるのはダメ、他人の努力が足りないっと言うのはダメ。業界や世間みんなで利益を残し合おうと言う考え方がないといけないのではないかな。
これも散々言われ続けていることなんだけど難しいよね。
業界の側で20年、俺も片棒を担いだ側で
見て来た人のつぶやきです。
軍 曹 retweeted
【ポスター公開②】
JR西日本各地で活躍するキハ120を製品化!室内灯取付済み、最小通過半径R183mmで小形レイアウトにも最適♪まずは現行の津山色、高山色、木次色から。RhBは復刻塗装のGe4/4-II、緑の客車は単品で。走らせながら線路清掃が可能なパッド付チビ電、JetRDCのサウンドカードも新登場!
軍 曹 retweeted
【大雨】
今回の大雨に伴う、#首都圏外郭放水路 への流入動画を公開します。
庄和排水機場では、9月7日14時20分頃から江戸川への排水を開始しています。
引き続き、気象情報や自治体からの情報にご注意ください。
ところで台湾侵攻に連なる話、割と皆考え方等抜け落ちてる話がある気がする。それは、戦災脱出民の扱いと地位。
中国による台湾侵攻が起きたとき、台湾人が取れる選択肢は、
1)中国人民になる(降伏及び中国への併合受け入れ)
2)台湾人として抗戦し続ける
3)近隣諸国への亡命(日本、韓国、フィリピン辺り)
4)遠隔国(豪州、欧州、アメリカ)への亡命
ざっくりこの辺り。
そのうちの誰かが、台湾以外の国に「亡命政権」を作る可能性もある。
このとき、日本が問われるのは、
【戦災難民となった亡命台湾人を日本は受け入れるか否か】
だとは思う。
・規模がどのくらいになるのか
・受け入れたとして一時的避難か、恒久的な移民か
・日本国内の「どこ」に受け入れるのか
・完全な民間人が着の身着のままで逃げてきた場合に受け入れるべきか
・台湾政府要人、政治家などが政治亡命してきた場合に受け入れるべきか
・戦災難民の避難を日本(自衛隊)はどこまでサポートできるか(日本人が脱出する場合は自衛隊・海保がチャーター船・フェリーをエスコートして直近の日本領(与那国島や石垣島、宮古島)まで運び、その後、国内便(船舶、飛行機)で本土へピストン輸送になるが、戦災難民となる台湾人を、日本の海自/海保がエスコートできるか)
・海自/海保が亡命台湾人を乗せた船をエスコートするとして、中国海警などによる「臨検」に対して断固たる対応は可能かどうか(それとも護衛なしで辿り着けた人々だけを受け入れるのか)
ここらへん、政府にはもうマニュアルができてるんだろうけど、どういった方針で行くにせよ、有権者はその覚悟があるのかどうか。
脱出台湾人/戦災難民を「庇う」ということは、野良猫の面倒を見るレベルの話では済まないし、一週間、一カ月で解消されるって話でもない。
また、戦災難民になるということは、「台湾島は中国人民解放軍の手によって陥落し、中共の主張通り【中華民国は存在せず、台湾島は台湾省であり台湾人は中国の人民】ということになるから、戦災難民の台湾人を保護した場合、必ず「中国からの引き渡し要求」が出てくる。
南西諸島いずれかの島に一時的に避難したとして、そこに海警、民兵、解放軍の艦船が飽和的に押し寄せる口実になる可能性がある。ただちに攻撃してくるんでなく、あの赤壁みたいな洋上密集を、日本の南西諸島周辺の港湾部付近でやらかしてくる、とか。
難民も本土まで脱出できれば安全だろうけど、数十人、数百人ならともかく、数万人或いはそれ以上の規模に膨れ上がった場合に、受け入れることは可能か、庇いきれるのか、その覚悟を日本の有権者は決められるのか、と。
つまり、「台湾の次は、【中国人民(台湾人)を拉致誘拐した日本との戦争】になる」というシナリオもあり得る訳で、そこで侠気見せて戦災難民と化した台湾人を保護するのか、それとも中国の要求に折れて台湾人の受け入れを拒絶するのか、みたいなのが国民全体に問われ、政府の覚悟として問われる。
台湾人を受け入れず、突き返したとして、中国がそれについて日本に感謝することはない。何故なら「当然の権利に基づく当然のことについて、感謝をする必然がどこにもない」と彼らは考えるから。
この場合、「台湾人を見捨てた」という国際的評価はずっと残る。杉原千畝の「逆」をするのだから、そらまあ凄いしこりと凄い蔑みにはなるね。
これは、まだ起きていないが割とすぐに起きる可能性がある話。
政府は腹を決めてるんだろうけど、今はカードを開くタイミングではない。
そして、「もしかしたらそうなる可能性があり、そうなったとき我々はどうするか?」を有権者が考える余地は、まだちょっとだけある。
反戦平和運動を叫ぶ人達の考えはどうかな?
防衛政策について高市政権支持の人達の考えはどうかな?
軍 曹 retweeted
千葉の大雨で泥水に長時間浸かったので、本日破傷風のワクチン打ってもらって、抗生剤や軟膏も処方してもらいました。靴擦れ程度でも心配ならやっておいたほうがいいと言われました。
ワクチン打ったり消毒などもしてもらいましたが、2000円くらいでした。2000円で安心が買えるなら...と思います!
軍 曹 retweeted
「撮りたいものを撮ればいい。人の行動にいちいち苦言を呈するものではない」
こう言ってしまえば、話は至極簡単である。
趣味などというものは本来、他人の許可を得てするものではない。
電車が好きなら電車を撮ればいい。
古い車両が好きなら古い車両を追えばいい。
珍しいものが来たなら、それを喜んで撮ればいい。
しかし、近頃の「撮り鉄」を眺めていると、どうもそう単純な話でもないらしい。
車両そのものが好きなのではなく、「珍しいから撮る」。
その車両が何者なのかより、「それを撮った自分は他人より一歩先にいる」ということの方が大事らしい。
自ら働かず、人様のお金で全国を飛び回り、他人に罵詈雑言を浴びせ、時には武力行使をする小太りがいい例だ。寒い。
写真というものは、本来、対象への興味や感動が先にあって、その結果としてシャッターが切られるものだと思っていた。
ところが今は、順序が逆なのである。
「珍しい」
↓
「撮る」
↓
「SNSに載せる」
↓
「俺は撮ったぞ」
↓
「お前は撮れていないだろう」
という、妙な競争になっている。
その象徴のような光景を、地下鉄の試運転列車などでよく見かける。
試運転表示を撮りたいがために、ホームドアが盛大に写り込むような場所へわざわざ立ち、身体を乗り出し、背伸びをしてまでシャッターを切る。
そこまでして撮るものが、車両そのものではなく「試運転」という文字だったりする。
車両がどのような仕様なのか。
なぜその日に試運転をしているのか。
どのような試験をしているのか。
営業運転に向けて何を確認しているのか。
過去の車両と何が違うのか。
そんなことには、さして興味がない。
「珍しいらしい」
「今日しか撮れないらしい」
「みんな撮っている」
「撮れたら強い」
それだけである。
撮影地で狙っている車両について少し話を振ってみても、妙に会話が噛み合わないことがある。
「この車両はこういう経緯で登場して、以前の形式とはここが違って今回こんな差異が……」と話をすると、相手は「へえ、そうなんですね」で終わる。
別にそれが悪いというわけではない。
しかし、こちらからすると、その車両をわざわざ遠くまで撮りに来ている人間が、その車両について何も知らないということが、どうにも不思議なのである。
話題になるから撮る。
そして「撮れた」という事実だけを勲章のように胸にぶら下げる。
これは果たして「鉄道が好き」ということなのだろうか。
私はむしろ、鉄道という巨大な世界の片隅を、それぞれの方法で深く掘っている人の話を聞く方がずっと面白い。
車両の構造に異常なほど詳しい人。
ダイヤの変遷を何十年分も覚えている人。
信号や保安装置について語り始めると止まらない人。
廃線跡の地形から、なぜそこに線路が敷かれ、なぜ消えたのかを説明する人。
昔の写真を一枚見ただけで、撮影場所と時代を言い当てる人。
そういう人の話には、ちゃんと「愛」がある。
こちらが一つ質問を投げれば、十返ってくるのだ。
しかも、その十の中には、こちらの知らなかった十一個目の話まで潜んでいる。
聞いているだけで面白い。
勉強になる。
こちらも何か返さねばと思い、己の知識を頭の中から掘り返して、ようやく一つ二つ差し出す。
するとまた、向こうから十返ってくる。
恐縮するほどである。
しかし、知識も、興味も、愛着もないままただ「珍しい」という理由で対象を追い回し、他人より先に撮れたことを競う。
そこには、鉄道を見ているようで、実は自分自身しか見ていない人間の姿がある。
そして、これは鉄道に限った話でもないのだろう。
希少性を追いかける人間は、希少なものそのものではなく、「希少なものを所有した自分」「希少なものを撮影した自分」に価値を置き始める。
そうなると、対象は何でもよくなる。
珍しければいい。
人より良い写真を持っていればいい。
その瞬間、趣味は愛好ではなく、順位付けになる。
私は、鉄道が好きな人間の話を聞くのは好きだ。
一つの分野を掘り下げ、語るべきものを持っている人間は実に面白い。
だが、「珍しいから来た」「みんな撮るから来た」だけでは、あまりにも寂しい。
そこには技術者がいて、運転士がいて、車掌がいて、駅員がいて、保守をする人がいて、ダイヤを組む人がいて、何十年という歴史が積み重なっている。
一枚の写真の向こう側には、それだけの世界がある。
その世界を少しでも覗こうともせず、「レア」という二文字だけを食べて満足する。
それを鉄道趣味と呼ぶには、あまりにも味気ない。
撮りたいものを撮ればいい。
それはその通りだ。
しかし同時に、撮るなら少しくらい、その被写体を好きになってみたらどうなのかとも思う。
結局、長々書いたところで、言いたいことは一つである。
撮り鉄はゴミ。ゴミだよ、ゴミ。ダイナマイト(文字数 )
朝日新聞がまた凄い記事を出してますね。これ、自分たちの黒歴史やデジタルタトゥーになるかも…と掲載前に少しでも立ち止まった人は社内にいなかったのかな。
「差別のない本屋に通いたい」という小学校教員が、書店に並ぶヘイト本に疑問を持ち、2万筆超の署名を集め、大手書店19社に陳列変更を求めた活動を、「震える声」「冒険」などと、あたかも「勇気ある教師の物語」かのように紹介してるわけなんですけど。
記事読みましたが、問題視したという具体的な書名も、認定基準も、該当箇所の検証も、書店・出版社側の見解もほぼ出てこないんですよね。
基準もよく分からないまま、特定の書籍を「差別本」「ヘイト本」と認定し、他人の書店から本を遠ざけるという、民間の言論流通に影響を与えるようなド直球の差別的な活動を、その妥当性もロクに検証せずに「善意と勇気」で包んでしまってるわけですよ。ジャーナリズムとしては相当危うい行為なんだけどなあ。
立場を逆にすれば、その異様さがよく分かるんじゃないですか。
愛国者である私が仮に、自分の保守的な内容の著書をもっと書店に置いてほしいとの思いから、
「非科学的な反ワク、反原発の本こそヘイトだ!」
「こんな反日的な本、目立つ場所に置くな!」
「これは日本人差別だから撤去しろ!」
と2万人の署名を集め、大手書店19社に陳列変更を迫ったら、朝日新聞は私を「震える声で立ち上がった勇気ある市民!」と称賛してくれるでしょうか? まずしないでしょうね。おそらく「表現の自由への圧力!」「書店への政治的介入!」「言論空間を萎縮させる行為!」などと、その筋の自称専門家たちまで総動員して猛批判することでしょう。
だったら、この記事の活動も同じ基準で検証してくださいよ。表現の自由に、右用と左用の2種類があるわけじゃないんだから。
社会の木鐸たる天下の朝日新聞様が、活動家の日常を感動物語に仕立てて、さも真っ当な報道かのように世の中にタレ流す前に、
・どの本の、何が問題なのか。
・誰がどんな基準で「ヘイト」と認定するのか。
・書店側はどう考えているのか。
・表現の自由との衝突をどう考えるのか。
・立場を逆転させても、同じ原則を適用できるのか。
といった点くらいはキッチリ検証するのが、本来あるべきジャーナリズムなんじゃないですか。それをほぼスルーして「震える声」「冒険」などと情緒的に美談化するなんて、まるで活動家の主張を新聞の信用力でキレイにラッピングした広報記事に見えてしまいますよ。
「差別をなくそう」という話と、「オレが差別だと認定した本を他人の書店から遠ざけろ」というまったく別の話を、同じ「差別反対」という言葉で混ぜちゃいけません。
不快な本、間違っていると思う本、許せない思想であっても、違法でない限り出版され、書店に並び、読者自身が選べる余地を残すことまで含めて「表現の自由」なんですから。
「正しい本だけが並ぶ書店」を作ろうとしたら、当然その「正しい」を決める人間が必要になりますが、その瞬間、「差別のない本屋」は「誰かが思想を選別する本屋」に変わるわけです。
これは明らかに「検閲」的発想なんですが、当事者たちはそれを「善行」だと信じていることが恐ろしいんですよね。しかも、本来その危うさに対して最大限の警鐘を鳴らすべき側の新聞まで、一緒になって「冒険」と称えているところがさらにおぞましい。
朝日新聞は今後、政府や企業や保守系団体が出版物の陳列に圧力をかけたとき、当然「表現の自由を守れ」と主張することでしょう。そのとき、この記事はずっとついて回りますよ。
「あなた方、自分たちが共感する思想による書店への圧力は『冒険』として称賛してましたよね?」
と。これこそ、今般自分たちでキッチリ刻んでしまったデジタルタトゥーです。
焚書や言論統制って、悪い人たちが最初から「言論弾圧するぞ!!」と宣言して始まるとは限らないんですよ。今般の記事のように、
「社会を良くしたい!」
「有害なものから人々を守りたい!」
そんな善意と正義を掲げて始まるからこそ、厄介なんです。
だからこそ表現の自由は、「誰の主張か」ではなく「同じ原則を誰にでも適用できるか」で守らなければならないはず。その一番基本的なことを、よりによって新聞社が忘れてどうするんですか。
(著者に会いたい)『差別のない本屋に通いたい。 本好き教師の冒険の記録』 仲川啓介さん digital.asahi.com/articles/D…
軍 曹 retweeted
🌟おめでとうございます🌟
第18回全国高等学校鉄道模型コンテスト 、今年の最優秀賞は灘中学校・高等学校の「KA Batara Kresna」(インドネシア国鉄バタラ・クレスナ線)、文部科学大臣賞は広島城北中・高等学校の「鵜と共に生きる街」でした!両校ともに繊細で丁寧に作られた素晴らしい作品です。
【新刊告知】
オオカミたちが15年後に再会するだけのマンガ
#オオカミが電車の運転を学ぶだけのマンガ
#オオカミが電車を運転するだけのマンガ
完全に誤りなんだが、強く言い切ることで信じる人間が続出しておりTHE・インターネットという感じだ。
なおポカリもアクエリも、通常のものの分類はアイソトニック飲料でOS-1のようなハイポトニックではなく、吸収のしやすさは同程度。
アクエリアスにアミノ酸が含まれるという者もいるが、BCAA含有量は100 mLあたり約2.5 mgでほぼ効果無し。
また、OS-1などのハイポトニックが有効なのは水分補給のみに焦点を当てた話。
1時間を超える運動では糖質の摂取も必要なため、ハイポトニック+糖質か、元々糖質が含まれているアイソトニックを使用するのがよい。
判断基準は強度ではなく、運動全体で何が不足するのか。
このほか、熱中症を基準に考えるのであればそもそも水分は一つの要素でしかなく、WBGTから対応を考える必要がある。
しかしインターネットは言い切ったもの勝ちなので誤解程早く広まる。













































