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学生時代の友人関係と似た構造が、転職にもある。
20代の頃は、転職活動に特別な覚悟はいらない。職務経歴書を書いても、これまでの仕事の多くは「何でもやりました」で済ませられる。
採用する側も、具体的な成果より、本人の伸びしろや人柄を見ている。社内で顔を合わせる機会も多く、異動やプロジェクトのたびに自然と人脈が広がる。
予定の決まっていない時間も、まだそれなりにある。結果として、「この会社が合わない」と感じたときに動ける余白が残っている。
35歳を過ぎると、その余白がほとんど消える。
会社は即戦力を求めるようになる。過去の実績を細かく聞かれ、社内で培った暗黙のルールや調整力は、外部ではほとんど評価されない。
逆に、会社特有の業務に長く携わっているほど、他社では再現しにくいスキルだけが積み重なる。
年収も上がっている分、採用する側は「この金額に見合う成果をすぐ出せるか」を厳しく見る。本人も、住宅ローンや家族の予定を考えると、年収を大きく下げる選択がしにくくなる。
20代なら、なんとなくエージェントに登録して、いくつか面接を受けてみる程度のことができた。
35歳以降は、同じことをするにも明確な理由と計画が必要になる。休日に時間を確保し、職務経歴を言語化し、複数の企業と調整する。
どれも「わざわざ」やらなければならないことだ。大学時代に友人と会うために特別な理由が不要だったのと同じで、若いうちの転職には、それほど強い動機が必要なかった。
さらに、人間関係の密度も変わる。20代は社内外で顔を合わせる機会が多く、特に用事がなくても話が弾む相手がいた。そうした人から「うちの会社、ちょっと見てみないか」と声がかかることもあった。35歳を過ぎると、仕事の大半は既存の関係者との調整に費やされ、新しい人と目的なく時間を共有する機会が減る。
結果として、転職のきっかけも、エージェント経由の紹介や公式の求人情報といった「イベント」に依存しやすくなる。
年に数回の面接やカジュアル面談を重ねても、20代の頃のように日常的に市場に触れ続けていた時間とは比べものにならない。学生時代の友情が、退屈な時間や機嫌の悪い時間を含めて数百時間積み重なった結果だったように、転職市場でも、表面的な実績のやり取りだけでは関係が深まらない。企業側から見ても、候補者の「どうでもいい部分」まで知る機会はほとんどない。
35歳以降に転職が難しくなるのは、本人の意欲が落ちるからではない。若い頃に自然と存在していた、目的のない時間や、余白のある評価の仕組みが、ほとんど残っていないのである。
そう考えると、20代の転職が比較的スムーズに進むのは、若さそのものというより、人生の中で最も「まだ決まっていない時間」が多かった時期に、同じように市場の中を動き回っていた人間だったからなのかもしれない。
なぜ大人になると、友達を作るのが難しくなるのか
大学時代の友人との思い出を振り返ると、意外と何もしていない時間が多い。
講義が休講になって、学食で昼飯を食べながら次の授業までダラダラ過ごす。研究室に行ったら誰かがいて、特に用事もないのに一時間くらい話す。帰ろうとしたら友人に呼び止められ、結局そのまま飲みに行く。
何を話したかはほとんど覚えていない。
ただ、そういう時間を何百時間も一緒に過ごした人間とは、卒業して何年経っても妙に親しい。
一方、社会人になってから知り合った人とは、何度も食事に行っているのに、なかなか学生時代の友人のような関係にならないことがある。
会えば楽しい。話も合う。仕事の価値観も近い。それなのに、どこか距離がある。
単純に大人になると人間関係が希薄になるという話ではないと思っている。
学生時代と社会人では、友情が生まれる環境そのものが違うのだ。
例えば大学には、友人になるための条件がかなり揃っている。
年齢が近い。生活圏が重なる。毎週同じ授業を受ける。昼飯を食べる時間も似ている。そして何より、予定の決まっていない時間が大量にある。
友達を作ろうと思わなくても、同じ人間と何度も顔を合わせる。
最初は講義のノートを見せてもらう程度の関係だったのが、昼飯を一緒に食べるようになり、飲みに行き、いつの間にか旅行まで行くようになる。
ここには明確な意思決定がない。
「この人と親友になろう」と考えて関係を深めているわけではない。
単に、同じ場所にいる時間が長いのである。
ところが社会人になると、この仕組みが消える。
仕事で知り合った人と仲良くなっても、休日に会うには予定を調整しなければならない。
「今度飲みましょう」と話しても、具体的な日程を決めなければ実現しない。
お互いに仕事があり、恋人や家族がいて、休日にはそれぞれの予定がある。
会うためには、わざわざ時間を確保する必要がある。そして、この「わざわざ」が結構大きい。
大学時代なら、友人と会うために特別な理由はいらなかった。
しかし社会人になると、飲み会、ゴルフ、旅行、誕生日など、何らかのイベントがないと会いにくくなる。
結果として、友情がイベント単位で維持されるようになる。
月に一度、三時間の飲み会をする。
年間で36時間。
一方、大学時代に週三回、二時間ずつ一緒に過ごしていた友人なら、一年間で300時間近くになる。
しかも学生時代には、楽しい時間だけでなく、退屈な時間や機嫌の悪い時間も共有している。
試験前に焦っている姿も、失恋して落ち込んでいる姿も、寝坊して講義に遅れてくる姿も知っている。
人間関係が深まるのは、相手の魅力的な部分を知ったときだけではない。特に面白くもない時間を一緒に過ごし、相手のどうでもいい部分まで知ったときなのだと思う。
現代社会では、人間関係にも効率性が求められる。限られた休日を使うなら、楽しい予定を入れたい。せっかく会うなら、おいしい店に行きたい。
しかし、効率よく楽しい時間だけを共有しても、必ずしも関係が深まるわけではない。むしろ友情には、何も起きない時間が必要なのかもしれない。
大人になって友達ができなくなるのではない。
友達になるために必要な、目的のない時間を共有する機会がなくなるのである。
そう考えると、学生時代の友情が特別なのは、若かったからだけではない。
人生の中で最も時間が余っていた時期に、同じ場所で、同じように暇を持て余していた人間同士だったからなのだと思う。
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