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「輪郭スケッチ」
構図と物の輪郭の認知を上げるための練習方法として学生に推薦中の方法。所謂「絵」を描かない絵の練習方法。
守るべきルールが少し細かい。
①作業時間は5分だけ、タイマーとかをセットして越したらやめる。そして1日一回だけ。毎日続ける。
②動画を見て貰えばわかる通り、アタリは取らない、一本線で描く。ctrl+z、消しゴム禁止。
③同じ写真は2度と使わない。
④上手く描くことや、描き切ることは目的としない。目と手の連動を意識する。
⑤比率と角度を重視する。隣り合う線と線の間の広さを比率として意識する。
⑥輪郭の凸凹をよく見る。
⑦絵を描こうとしない。あくまでも写真の中から輪郭を見つけて、それを写すだけ。
1ヶ月くらいやったら、中も埋めてみよう!
菅野博之 retweeted
Replying to @phiroppon
とても感覚的な内容だったんですね。頭で小難しく考えるよりは、それぞれの輪郭だけがフワッと浮かび上がるようなイメージだなと。でも模写でもなんでもその感覚を捉える練習のおかげで以前よりも線がシンプルになってる感じがします。いつも丁寧にコメントいただいてありがとうございます!
菅野博之 retweeted
惑星のさみだれ リバイバル連載更新!
第45話!
単行本一冊一章、みたいな構成サイクルが回ってきてかなり「おれ漫画家としてこの先もやってけそう」という確信が出てきた頃。この回一話だけでもかなりのシーンがあってテンポが良く描けててえらい。
画像に軽微なパンチラあるけどこのくらいなら大丈夫か?
顔をなんかすごくよく描けたコマでお気に入り。
二枚目は風巻泥人形。お気に入り。
↓リンクはツリーに
菅野博之 retweeted
『千仙戦記』18話更新!赫鴉のサマーソルトキックは夜刀に届くのか!? #千仙戦記
pocket.shonenmagazine.com/ti…
菅野博之 retweeted
岩を筆ペンでスケッチ。
対象から「感じた印象」を輪郭線だけで再現しようとすると、写真的に正確な形ではなく、「それを伝えるためのデザイン」(デフォルメ)が自然と希求されるので面白い。
菅野博之 retweeted
ちばプロのアシスタント生活を描いた
川三番地先生の「あしたのジョーに憧れて」も必読。
link.amazon/B02iMUj6q
めっちゃ内容濃い漫画。ギトギトだ。全3巻。
「背景がおとなしいな」「誇張が足らんのじゃな。」
プロってすごいね。
菅野博之 retweeted
ちばてつや先生は、一貫して「表現の自由」の重要性を訴え、国家権力や過度な規制による萎縮・検閲に対して強い懸念と反対の立場を示してきました。実は直接お世話になったことが2回ばかりあります。
漫画のわいせつ性が争点になった松文館事件では控訴審で証人として御証言頂きました。控訴審で一回結審ではなく、証人を採用しろと申し入れをした際に東京高裁の裁判長が裁判官室での協議の際に、「ちばさんには食指が動きます」と言っていたそうです(私はたまたま差支えで相弁護人から聞きました)。無罪にはなりませんでしたが、一審の執行猶予付き懲役刑が破棄され、罰金になったのは千葉先生のおかげだと思います。
2010年の非実在青少年規制反対の際も先頭に立って頂けました。最初の条例案は都議会で否決されるという前代未聞の結果を得られました。
長い間、お疲れさまでした。安らかにお眠りください。
news.yahoo.co.jp/pickup/6600…
菅野博之 retweeted
22歳の頃、すでに連載は三度打ち切りとなっていた。
担当編集者は「ラストチャンスだぞ」と励ましてくれて、そのつもりでネームを書き連載会議に提出し続けて一年ほどが経った。
その日会議の結果を待ち廊下に面した曇りガラスの向こうで過ごしていると会議終わりの編集者がぞろぞろと歩いてくる。
「森川ジョージという名前を見るだけで読む気なくなるよ」とハッキリと聞こえてきた。
残念そうにネームを返却する担当と会話を交わすことなくそのまま講談社別館に行き60ページを頭から書き直した。
先ほどの声が耳から離れない。
三度失敗したらそういう評価は当然だろうと思う。
ラストチャンスと奮い立たせてきたもののそれはもう使い果たしていたことを痛感した。
悔しさよりも悲しさが上回った。
憧れのあの人のいる雑誌から離れるという選択肢を迫られていることが悲しかった。
あの人の隣に並びたいのに自分にはあまりにも力が足りなかった。
もう記憶が曖昧だがおそらくこの時僕は泣いていた。
描いても描いても受け入れてもらえずついには会議でネームすら無視される。
連載を続けたかった。
漫画が上手くなりたかった。
でもあまりにも力が足りない。
どうしていいかわからない。
ずっと頭の中であの人に問いかけていた。
『漫画上手いって一体どんな気持ちですか?』
『漫画上手いって…』
答えてくれる人はいないけれどずっと問いかけた。
もはや考えているのはネームではなくそれだけ。
考えられないからそれをそのまま書いた。
『強いって一体どんな気持ちですか?』
もう何も出てこない。
これでダメなら漫画家をやめよう。
そう決心してネームを再提出した。
そして連載が決定した。
「はじめの一歩」はあの人へ問いかけで始まって、今も問いかけながら続けている。
いつか実際に聞いてみたかったが少し仲良くなってしまって照れくさくて口に出せなかった。
機会はたくさんあったのに。
はじめの一歩は僕の漫画家としての第一歩であり、あの人との悠久の会話の始まりだった。
もう答えてくれる人はいないけれど、これからもずっと問いかけていく。
『ちばさん、漫画上手いって一体どんな気持ちですか?』
ありがとうございました。
書きやすかったらそれでいいと思いますよ。ただ、太さが変わると、どこが輪郭なのかが曖昧になるので、太さが変わりにくいペンの方が良いかもしれません。
#輪郭スケッチ
人物の輪郭は輪郭のみを取っていますが、背景に入った途端に細部を描いているように見受けられます。
もっと単純な横の奥行きを作る線と奥に向かっての奥行きを作る線を定めてから、細部に入ると看護えると良いように思えます。
#輪郭スケッチ
今振り返っていることがまさに認知の問題ですよ。絵を描くことと少し違う視点で絵を見られていますでしょう。
#輪郭スケッチ
菅野博之 retweeted
「あしたのジョー」で、全漫画家が憧れる究極の最終回を描きあげたちばてつや先生。それは作家にとって栄誉であると同時に重い荷物になるものなのに、その後に「のたり松太郎」や「おれは鉄平」で、緊張した人生を笑い飛ばすような柔らかい生き方を描いた。『真っ白な灰の向こう側』を見せてくれた。
そして晩年の「ひねもすのたり日記」では、満州から引き揚げた家族の物語を、さらに明るく深く。不条理や苦難を知っているからこそ、それを乗り越えた先に豊かな生き方もあるよと漫画で突きつけた。
8歳からずっと憧れ続けていたけれど、こんなすごいものを描く人だから何でもお見通しなんだと怖くて、ずっと近寄れなかった。お話しできるようになってからおよそ20年、優しいお人柄の中に鋭さの片鱗も見せていただいた。宝物の思い出を、先生ありがとうございます。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
菅野博之 retweeted
斜にかまえた人も多い中でちば先生はマンガ家の長として発言される(本当に大事なときにしか発言されなかったけど)にふさわしい人格者であられたと思います。堂々たるメインストリームのマンガ家でありながらマンガ表現の多様性の大事さとそれらはすべて守られるべきという立場で常に話されていた。
菅野博之 retweeted
輪郭スケッチすごいわ。ふつうに模写最短でうまなるわ。
構造を考えて歪んだ模写描いてた下積み期間あってのランクアップなのかもしれないけど(そうであってほしい)、
学習順序としては輪郭スケッチ先にやってから構造考えるほうが、早い気がする…。
菅野博之 retweeted
ちばてつや先生と石ノ森先生は一緒に温泉旅行に行く程親しい間柄でした。私にも様々なイベントでお会いする度、気さくにお話ししてくださいました。「火の鳥展」でお目にかかったのが最後でした。火の鳥の原稿を見ながら、手塚先生のテクニックについてお訊ねしました。ご冥福をお祈りします。
菅野博之 retweeted
ちばてつや先生に触れたのはかなり遅く、大学時代だった。『あしたのジョー』復刻版からなぜか仲間内でジョーブームが起き、それからの話。
ちばてつや先生のマンガは凄い。学びの連続である。まず状況の説明、どのようにキャラを配置するか、吹き出しの位置、どうやったらキャラが立つか、近代のマンガ技術が全て詰まってる。
そのことに驚嘆したし、ちば先生以降の多くの近代マンガがこの教科書に従ってることを知った。
若い人には理解できないかもしれないが、君の尊敬するアレもコレも、元を辿っていくとたいがいは、ちば先生にいきつく。
マンガを映画にしたのは手塚治虫先生かもしれないが、マンガを今のマンガにしたのは ちばてつや先生だ。
多くの人間が、真似し、昇華し、新しい地平を切り開いた。
その上で、
その上でだ。
どうやっても、ああはならない。
いくら学んでも、いくら真似しても、
「ああ」はならないのだ。
先生のようなマンガにはならない。
なにがそれを成すのかは分からないが、
先生の世界には、キャラクターには、物語にはならない。ちば先生イタコ漫画家は基本的に不可能だ。
それは絵の力なのかもしれないし、ネームの力なのかもしれない。それが何か説明できたら、俺はもっといい「何者か」になってる。
無理だ。
ちばてつや力と言っていい。
超越した何かだ。
「アイディアが盗まれるのが怖いんです」という若手には「アホか、ちばてつやを見ろ」と言いたい。ちばてつやが描けば、必ずあの世界になる。アイディアなんかじゃない。
「ありきたりな物語しか思いつかないんです」という若手には「アホか、ちばてつやを見ろ」と言いたい。そんなに極端なことは起こらなくても、画期的なことは起こらなくとも、あそこまで切り込む漫画が描ける。
それがなにかが分からない。
分からないから、いつまでもちば先生の漫画は教科書だ。あそこには何かがある。まだ掘られてないんだ。輝く何かが埋まってるんだ。そう信じられる。
ちば先生の漫画は現役だ。今でも感動できる。今のマンガとして読める。
だからみんな読め、俺も読む。
学べるし、感動できる。
いつまでも今の物語だ。
ちばてつや先生、ありがとうございました。



































