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後継者の方は、実は、あまり褒められる事が少ないハズです。私は少なくともそうだった。良いことやってるのに、マイナス点だけ指摘される。だから私はXで若き経営者の素晴らしい面を発信することにしました。頑張っている人沢山いる。
みんなの気持ち分かります。
財務や株式の整理ができても、先代と後継者の関係性までは契約書で解決でない。本当にその通りだと思います。
私自身、社長就任時の持株は過半数に届かず、とても不安定な立場での交代でした。決められる範囲が曖昧なままでは、後継者は自由に意思決定できません。
株式の渡し方と、関係性の作り方。この2つはセットで考える必要があります。
Replying to @yuukinoaru
事業承継の支援では、財務や株式の整理ができても、先代と後継者の関係性までは契約書で解決できないと感じます。
特に先代が大株主として残る場合、後継者が自由に意思決定できないこともありますよね。
心理面の支援では、先代と後継者のどちらからアプローチすることが多いのでしょうか🤔
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面接で感じた違和感を押し殺し、採用をOKしてしまったことがあります。
拠点長の強い要望、人手不足、現場は逼迫していた。それでも、私の直感はNOと言っていました。
入社後しばらくして、顧客対応でのトラブル、仕事への取り組み姿勢、細かい残業代請求、周囲との摩擦。一つひとつは小さい。でも、違和感は確信に変わっていきました。
数ヶ月後、その社員は「パワハラ」を理由に訴訟を起こしました。私は被告代表者として、地方裁判所で訴訟を起こされます。
どんな事情があろうと、最終的に採用許可を決めたのは私です。
経営者の直感とは、感情ではありません。これまでの経験、失敗、観察、違和感の蓄積です。言語化できないだけで、脳は膨大な情報を処理しています。
人手不足より怖いのは、違和感を無視することです。あなたの直感がNOと言ったとき、どうしていますか。
事業承継は、手順書だけでは進みません。管理者ID、契約名義、顧客データ、バックアップ、代替者。この5つです。
私の引継ぎは、実印と銀行印だけでした。契約者不明のクラウド、管理者しか知らない権限。ITでも同じことが起きます。
役職や株式に加え、IT資産と業務を「説明できる状態」まで渡せること。それが、後継者を孤立させない土台だと思います。
事業承継は、手順書だけでは進みません。
管理者ID、契約名義、顧客データ、バックアップ、代替者。
引継ぎには、この5つの整備が必要です。
からくりは、助言で終わらず現場で実装します。
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車屋も、問い合わせがぴたっと止まる日がある。1日単位より、月単位で数字を見る。
私も社長時代、日々の数字の上下に一喜一憂するのをやめました。月次で業績と資金繰りを掴む形にしてから、静かな日に振り回されなくなった。
数字は、日ではなく月で見る。あなたの会社では、どの単位で数字を見ていますか。
私の番頭さんは、父を支えた重要幹部の一人でした。一言で言えば「調整の達人」です。
一を聞いて十を知るタイプで、数字の計算も速く、人の心情を読むことにも優れていました。先代から無茶な要求を突きつけられても、すぐに「出来ない」とは言いません。肯定しながらソフトに軌道修正案を提示して、合意を得たら素早く現場を調整して形にしてしまう。
社長が交代した後、今度は私の右腕として大いに助けてくれました。
現場に大きな変化や負荷をかけざるを得ないとき、率先して私に代わり現場を回って地ならししてくれる。私の代弁者になってくれる存在でした。
私が父と揉めているときは、「社長はこう考えているはずだから、このタイミングでこうしておいた方が良い」と、親子のもめごとに対して緩衝材のような役割まで果たしてくれました。
後継者の方は、社長就任までに番頭さんを見つけた方が良い。私の後継者時代は、この番頭さんと共にあったのです。
あなたには、右腕となってるくれる方がいますか?
私が後を継いだ会社では、入社した当初、業績は社員にほとんど公開されていませんでした。
社員が業績を知る唯一の機会は、父である社長が年に2回、賞与の日に話す大まかな売上だけ。
あとは噂で「今年は良かったよ、悪かったよ」と広まる程度でした。私自身も最初は決算書の読み方すら分からず、赤字でなければ大丈夫だと思っていました。
入社して5〜6年が過ぎた頃から、月次損益を社員に公開し始めました。管理職には詳しいデータを、一般社員には取締役会の議事録の中で、解説を付けて。
やってみて分かったのは、数字は「渡すだけ」では伝わらない、ということです。背景と解説がセットになって、初めて人は数字で会話し始めます。
数値で会話していない会社は、良くならない。今もそう思っています。
御社では、数字を誰と、どこまで話せていますか。
会社の価値観は、掲げた言葉よりも、どこまで現場に任せるかに表れる。まさにその通りだと思います。
私も、難しい仕事を任せたとき、任せきりにせず、こまめに声をかけました。任せると見守るの両方があって、初めて「期待されている」と伝わります。
あなたの会社で、現場の判断は誰に任せられていますか。
会社の価値観は、掲げた言葉よりも、どこまで現場に任せるかに表れると考えています。
社内のランチ会で、マネージャーから率直な指摘がありました。MVVそのものに疑問はない。ただ、実際の仕事の判断は、上長それぞれの考えに左右される場面がある、という話でした。
たとえば、お客様から急に「明日までに申告してほしい」と頼まれたとき。受けるのか、条件付きで受けるのか、断るのか。人によって答えが分かれやすい場面です。
「お客様のために」と言葉で唱えても、上に確認しなければ動けないのでは、価値観は伝わりません。まずは判断に迷ったケースを集めて、「ストラーダとしてはどう考えるか」を一緒に決めていきたいと思っています。
そういう話し合いを、面倒がらずに続けられる方と働きたいです。
家業を承継して最初の数年間で、何人かの社員が辞めました。当時の私は「給与が低いからだ」「仕事がきついからだ」と思っていました。
でも、退職した社員の話を噂で聞いたのです。
「給与は、正直それほど不満ではなかった」。
じゃあ、なぜか?
「自分がここで何をすべき人間なのか、よく分からなくなってきた。会社がいろいろ変わっていく中で、自分の立ち位置が見えなくなってきた感じがして」。
人が辞める理由は、給与や労働時間だけではありません。役割と権限の不明確さです。
「あなたに任せていること」と「あなたに判断してほしいこと」。
この2つを言葉にして渡すだけで、人の働き方は変わります。
自社の社員を一人思い浮かべてください。
その人に「あなたに期待していること」を言葉で伝えたのは、いつのことですか。
面接で任せられるのは、落とす理由を事実で言える人。『なんか合わない』は感想、『転職理由を2回聞いたら、2回とも前の上司の話でした』は事実。
私は面接で感じた違和感を押し殺して採用し、大きな代償を払ったことがあります。違和感は経験の警告ですが、組織で使うには事実に翻訳しないと伝わりません。
合否より先に「根拠を1つ」。肝に銘じます。
「事業は継ぎたいんです。でも、個人保証だけは……」
後継者支援の現場で、私は何度もこの言葉を聞いてきました。会社の将来でも、社員のことでも、自分の能力でもない。
承継の一歩を踏み出せない理由の多くが、「個人保証」にあります。
保証書を前にすれば、誰でもペンを持つ手が止まります。これは「会社の借金を、自分の人生で背負う」という契約だからです。会社が傾けば、自宅も、家族の生活も、すべてが担保になる。
家業を継ぐときに、私が個人保証を求められることはありませんでしたが、過去に個人で事業をしていたときには、1,000万円の個人保証をした経験があります。
だから、後継者の方が「保証だけは……」と口ごもる気持ちは、その重さから痛いほど分かります。
制度で外せる重荷と、自分で外すしかない思い込みの重荷があります。かつては「継ぐなら保証はセット」でしたが、今は外すことを交渉できる時代です。
まず確認すること。自分の会社の融資について「経営者保証は外せるのか」を、専門家か金融機関に一度聞いてみてください。
あなたは後継者に、「保証をどう扱うか」を語ったことがありますか。
「一度でも他人に土地を貸したり、名義を貸したりすると二度と帰って来ない」。お父様のこの言葉の裏には、商標を取られた実体験があったそうです。
先代の言葉は、理由とセットでないと、ただの頑固な教えに聞こえてしまう。理由を知れば、守るべきものが見えてくる。
高層ビルの下で店が消えていく話も、同じです。残る店と消える店の差は、後継者に繋げる努力を続けたかどうかなのかもしれません。
小川町の三角地帯が大変な論争になりました。
神田の町は戦争や大震災で何度も機能更新をしてきました。
親父が一度でも他人に土地を貸したり、名義を貸したりすると二度と帰って来ないと言っていました。
麻布永坂更科布屋太兵衛を共同会社で商標登録したら赤の他人に取られた事があったからです。
神保町に二棟の超高層ビルが建っています。
元々この地域は印刷屋製本屋取り次ぎ店の本に関する小さな個人商店の集まりの場所でした。
そこに三軒の知り合いの蕎麦屋がありました。
一軒は代替にビルを貰い商売を辞めました。
一軒は近隣にビルを貰い商売をしましたが閉店しました。
一軒は高層ビルの一階で商売をしましたが、管理費が家賃並に高くなり店を賃貸に出しました。
高層ビルが建って20年。
全ての店が無くなるのを考えると事業継承の専門家の意見を聞き、お客様の応援があり、後継者に繋げていく努力が無いと残れないと私は感じました。
//私のお客様である後継者のお話//
先代であるお父様とは、社長交代の後もぶつかってばかりでした。それでも節目のたびに「今度はこう話そうと思うんです」と、私に相談が来ました。
先日、その先代が病気で亡くなられました。
あれだけぶつかっていたのに、後継者の様子から伝わってきたのは、寂しさでした。
これが親子なのだと思います。
でも、すべての親子がそう思えるわけではありません。
だから事業承継は、いつまで経ってもなくならない悩みなのだと思います。
先代が元気で、ぶつかれるうちに、継ぐ、継がせる話を始めてください。
承継直後、私は次々と手を打ちました。
部門横断会議、マニュアル整備、若手研修。
でも半年後も1年後も、同じ問題が繰り返された。
最初は現場の意識のせいだと思っていました。
でも、違いました。
問題と課題を混同していたのです。
問題は、現状と理想のギャップ。
課題は、その原因への打ち手です。
「なぜ」を3回繰り返して、初めて本当の課題が見えました。ありきたりですが、この反復は本当に重要です。
施策を増やす前に、課題設定を疑う。
改革が止まるときって、足りないのは施策ではなく、大体の場合、問いや仮説が間違っています。
あなたの会社で、いま繰り返されている問題は何ですか。











