音楽制作やソロ作品の他, 明和電機, Co山田うん, ブラックベルベッツ, 東京雑戯団などに参加. 多摩美術大学リベラルアーツセンター教授. https://xitter.cf/t.co/qplixg3N6M https://xitter.cf/t.co/GCQsatJXqE

渋谷区
Joined September 2009
超ショートショートなピアノソロ曲集『fragments』10年ぶりに配信開始. ご多忙なアナタのために1分以下で終わる曲もご用意しました. side-A linkco.re/XXup412D side-B linkco.re/6ghyVzEF
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学生に「どうしたらプレゼン上手くなりますか?」「緊張せずにスピーチできますか?」などと訊かれる事があるが、答えは簡単。「練習」。事前のリハーサル。言うべきことを直前にトイレの個室にでもこもって一度口に出してしゃべっておくだけでも相当ちがう
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と言われても、まあ、たいていの人は「練習」ってしないよね
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もちろん世の中にはアドリブの達人というか練習なんかしなくてもその場の勢いでバーッとしゃべれる天性のプレゼンターもいる。だがそういう人はそもそもこんなこと相談してこないので、訊いてくる人には「練習」と答えるのであった
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大の大人が集まって無心に呑み遊ぶ空間…最高でした
ご来場頂いた皆様有難うございました!!
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今日のサンデザ講義はアメリカ合衆国の音楽史をルーツミュージックからEDMまで90分で仕分けするという実に乱暴な内容。ではあるが、複雑で大量な情報をまとめるにはこのぐらいザックリまとめるしかないという「まとめ方の例」を示すのも教養科目の役割と割り切ってまとめてみた。まあまとまらんわな
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長生きはするもんじゃのう。👴🍵 > スペクトラム、1980年に発売された楽曲「F・L・Y」が45年の時を超えて世界的に大バズり(CDJournal) #Yahooニュース news.yahoo.co.jp/articles/11…
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NMBE15周年記念イベントーNMBEと仲間達ーはいよいよ明日の開催です! NEW ERA様、浦風親方様ご協賛の品々、宇ち多゛さんxNMBEのコーデュロイキャップなどを景品としたじゃんけん大会もございますのでお楽しみに。 「幸泉」さんのキムチも美味しくできているといく情報もいただいております。
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開催するとしても次は5年後になりますので、ぜひご来場ください!京成立石 幸泉さまのご協力、ご協賛、ホッピー仙人のトルネード注ぎ瓶白を店外で飲めるのはこのイベントしか無いかと思います。赤羽、立石、野毛などを一同に堪能してください! nmbe.thebase.in
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ヲノサトル retweeted
「自分探し」なんかしていないでもっと楽しくて嬉しいことをやろうぜ.人生は有限だ.
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映画『DIGGER ディガー』に欠点があるとすれば、トム・クルーズが出演する作品には必ずあるはずの、腕を直角に曲げて全力疾走する”トムちゃん走り”のシーンがなかったことだ
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ヲノサトル retweeted
イーサン•ホークのセリフの覚え方。 演技の可能性を開くために台詞を完全に覚える。なるほどなあ。 「そういう作品には、どのように準備して臨むのですか? つまり、ものすごい量の台詞がありますよね。あれをどうやって覚えるのでしょうか。 私はいつも、ほかの俳優たちがどうやってすべての台詞を記憶しているのか、とても興味があるんです。」 イーサン: 「私がやっている方法は、もうずいぶん昔から続けていることなのですが、、、 私はすべてを、自分の日記を書くように手書きします。 台詞を覚えるとき、タイプされた完成稿のページから暗記することはしません。 そういうものを自分の頭の中に入れたくないんです。 それに、演技に直接関係のないト書きまで、自分の記憶の一部にしたくありません。 というのも、台本には時々こんなふうに書かれているからです。 『彼は動揺して言う。何か飲み物をもらえますか?』 こう書かれていると、その指示が一度頭に入ってしまい、なかなか取り除けなくなります。 でも、『何か飲み物をもらえますか?』という台詞には、いろいろな演じ方がありますよね。 動揺しているとしても、『何か飲み物をもらえますか?』という言い方になるかもしれない。 あるいは笑いながら言うかもしれません。 そして、その笑い方によって、何かが表れることもあるわけです。 つまり、さまざまな可能性があるんです。 だから、そういう余計なものをできるだけ取り除こうとするんです。 私は台本を最初から最後まで、すべて手書きします。今回の台本も、全部書き写すのに本当に長い時間がかかりました。 そして、もう一度書くんです。 自分が何を覚えていて、何を覚えていないかを確認するために。」 「つまり、記憶だけで書くんですか?」 イーサン: 「そうです。記憶を頼りに書こうとします。」 「すごいですね。」 イーサン: 「それから元の台本を見て、どこを間違えたのか確認します。 この作業は本当に役に立ちます。 『ああ、違う。この単語じゃない。この単語は別のところにあったんだ』 『あれ、この言葉はもう使っていたな』 そんなことに気づくんです。 それに、この方法は、脚本家の書いたものを非常に批判的に、でも建設的な意味で検討する助けにもなります。 例えば、ある言葉が4つの異なる箇所で使われていたとします。 『どうしてこの言葉を4回も使っているんだろう?』 『自分だったら、この言葉を4回も使うとは思えないな』 『こちらの言葉の方がよいのではないか?』 そういうふうに考え始めるんです。」 次に、演技をまったくつけずに録音するようにします。 例えば、3ページほどの台詞を取り出して、それを覚えようとします。 そして演技を加えない状態で録音します。 そのあと台本を見て、どこを間違えたか確認するんです。 時には、自分が間違えて言った表現の方が好きだと思うこともあります。 そういう場合は、その表現を取り入れられないか考えたりもします。」 例えば、ビリー・アイリッシュの『Birds of a Feather』という曲を考えてみてください。 私はあの曲の歌詞を全部知っています。 でも、どうやって全部覚えたのか、自分でも分からないんです。 もちろん、どこかで覚えたわけですよね。 カフェで流れているのを聞いたり、車のラジオから聞こえてきたりして、自然と吸収していったんです。 そして今では、その言葉が自分の中にある。 理想的には、特に大量の台詞を扱うときには、台詞を言うことがまったく努力を必要としないように感じられる状態が望ましいと思うんです。 そのためには、『次の台詞は何だったっけ』と一生懸命思い出そうとしていてはいけません。 だから私は、自分にいくつかの工夫を課すようにしています。 実は、その方法の一つを教えてくれたのがジョン・ヴォイトなんです。 本当ですよ。私が19歳くらいのときでした。 それは、まず靴紐をほどくんです。 そして、靴紐を結び直しながら、台詞を言わなければならない。 普通に会話しながら靴紐を結ぶのであれば、何の問題もありませんよね。 でも、台詞を必死に思い出そうとしていたら、靴紐を結びながら話すのは難しくなります。 つまり、靴紐を結びながらでも台詞を言えるようになるまで、です。 ほかのことをしながらでも台詞を言えるようにならなければ、本当にその台詞を覚えたとは言えないんです。」 もう一つ。 自分がどう演じるかについて、まったく考えを決めないまま台詞を覚えることができれば、自分自身を驚くほど開かれた状態にしておけるんです。 共演する俳優たちに対しても、演出家に対しても、そして作品に関わるすべての共同制作者に対しても。 そうすることで、彼らとの関わりの中で、自分の演技を柔軟に変化させていくことができるんです。」
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大学で課題作品の講評会。時間切れでここまでしかできませんでした!という「β版」的な作品も多いけど、それでいいんだ。まだ完璧じゃないから人様に見せられません、なんて恥じてたら発表なんか一生できないから。
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なので美大における作品提出や講評というイベントは、成績評価を受ける試験というだけでなく、自分の作ったものに見切りをつけて公開することの練習であったりする
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Replying to @sek
仕事を依頼してきた側から報酬の話をせず、こちらに口火を切らせることがそもそも失礼ですよね。 報酬の交渉は、相手の誠実度信頼可否を測れるので、様子如何で早々に断ったこともありますし、逆に先方の誠実な姿勢に惚れ込んで、だいぶ譲って(相場は死守)、良いご縁を得たこともあります😉
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R “物質には破壊があり、情報には忘却がある。落合の「質量あるものは壊れ、質量のないものは忘れられる」という言葉は、その二つの異なる消滅の形式を言い表しているのである” critique.aicajapan.com/20627
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シンセやエフェクター、ミキサーやレコーダーという「物質」で音楽を作ってきて、いつの間にかほとんどの作業をソフトウェアやプラグインの「情報」に依存するようになっている身としては、考えさせられる言葉だ
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当方が関わっている現場で言えば、明和電機もCo.山田うんも安田登一座も、物質と情報の「あわい」を身体の強度で乗り切る表現という点でよく似ている
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