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実際、監督はインタビューで『Imprisoned XII』の歌詞について、初華の創作過程や当時の心境をすでに明言しています。
初華は決して燈に憑依してこの詞を書いたわけではありません。むしろ、普段は受注側として相手の求めるものに応える憑依型クリエイターに徹してきた彼女が、初めて自分自身の本当の気持ちをぶつけたものがこの歌詞なのです。
そのため、『Imprisoned XII』の作詞過程を「燈になりきって書こうとしたもの」と解釈してしまうのは、当時の初華の必死な想いを少し軽く見すぎてしまっているように感じます。
彼女は燈の詞を見た瞬間、「さきちゃんはこの詞が大好きだろうな」と悟り、自分にはこんな詞は書けないと最初から痛感しています。それでも、このままでは祥子も、そして「自分という存在そのもの(自我)」も燈に奪われてしまうという絶望と焦燥感の中で、たとえ燈に敵わなくとも、自分だけの感情と祥子への執着を剥き出しにして書き上げた――つまり、燈に「対抗」するために書かれた歌詞なのです。
原文:
——Ave Mujicaの再結成において初華の詞が決め手になったというのは、燈の詞がCRYCHICの一度限りの復活につながったことと対比になっているのでしょうか?
以前、初華自身が「歌って伝わる気がするよね」と燈に言っていたんですけれど、第9話では燈が書いた生の言葉、伝わりすぎる詞を突きつけられて、初華は衝撃を受けています。それにおそらく燈の詞を見て「さきちゃんはこの詞が大好きだろうな」と思ったはずなんです。そういう燈の詞は、初華には書けない。
初華は「祥子と2人で暮らす」なんて、自分の人生で万に一つも起きないはずだった奇跡、絶対に叶わないはずだった願いが叶ってしまって、そうなると今度はそれを失うことが強烈に怖くなっていきました。祥子がいないことに耐えられない。そこへ「祥子が燈とCRYCHICをやった」と聞き、さらに祥子への思いが詰まった燈の詞を見てしまって、「さきちゃんがCRYCHICに行ってしまう」「燈ちゃんにとられてしまう」という絶望とともに、自分の祥子への執着、ずっと秘めていた思いを詞に表してしまった。
初華にとって、たぶんアーティストやアイドルであることって、さほど大事なことではないんです。アイドルになるという夢も本物の初華からの借り物です。彼女はずっと自分というものがなかった人で、その中で出会った、己を照らした唯一の光ともいうべき祥子に執着し続けている。自分が自分として存在できる、そのたったひとつのものを奪われるのは、初華にはどうしても耐えられないことだったのだと思います。その焦りが、初華にあの詞を書かせています。
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また、『Imprisoned XII』の曲調自体が『春日影』に似ているという点については、むしろ作曲した祥子側の領分です。
初華の『Imprisoned XII』という剥き出しの率直な想いを受け取った祥子が、なぜ『春日影』のような曲調で応えることを選んだのか、なぜそのような優しい曲風で初華の欲望を包み込んだのか――そこには祥子自身の心境と初華への応答が込められていますが、そこは受け手それぞれの感性に委ねるべき部分でしょう。
作詞は初華、作曲は祥子。そして二人にとって初めての「詞先」で作られた楽曲です。二人がそれぞれ何を差し出し、なぜそれを選んだのかというメッセージは、『Imprisoned XII』という楽曲全体と、そのパフォーマンス自体がすでに答えを示しているのだと思います。
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—— 紆余曲折を経て#10で祥子がムジカの復活を宣言して、復活ライブをしました。この展開をご覧になっていかがでしたか?
高尾:これまでとは規模が違うライブハウスでしたが、心に迫るような復活ライブになりましたね。売れることではなく「自分たちの音楽を奏でたい」という思いに変わったからこそ、よりお客さんの心に届くライブになったのではないかと思います。このライブでは新曲「Imprisoned XII」を演奏しましたが、明るくて穏やかな曲調が「春日影」に似ている気がして。オブリビオニスとしてではなく、祥子の内側から生まれる音楽ってこういう感じなんだなと思いました。EP7でCRYCHICメンバーとセッションできたからこそ、元の自分に立ち返れたのではないでしょうか。
billboard JAPAN
<インタビュー>傷すら絆に変えるのがAve Mujicaである――確かな“前進”を刻んだ1stアルバム『Completeness』
billboard-japan.com/special/…
――ここからは、EP10の挿入歌の2曲についてお願いします。
高尾:「Imprisoned XII」は、重たい歌詞と優しい曲調が衝撃的な曲で。勝手な考察ですが、CRYCHICが#7で再集結して「春日影」を演奏しなかったら、初華はこの歌詞を書いていなかったはず。そうなると、曲自体も必然的に生まれていなかったと思います。
――その通りだと思いますよ。
高尾:それと、祥子のなかでの音楽性の変化が曲の雰囲気に表れているような気がしていて。「春日影」などのCRYCHIC曲を除けば、彼女が長調(=メジャーキー)で曲を付けたのは、この「Imprisoned XII」だけなんです。だから、あの再集結をきっかけに、わずかながら世界に対して心開けたことで、改めて自分の本来の音楽性で作曲ができるようになったんだと受け取っています。














































