はてなブログに投稿しました
【保存版】「平和憲法」の正体:破壊と脅迫のタイムライン - rxtypeのブログ sine2012 rxtype.hatenablog.com/entry/…
#はてなブログ
RXtype retweeted
■日本が朝鮮を統治してから約22年後、アメリカ人が見た朝鮮の姿
1910年に日本と朝鮮が併合してから約22年後の1932年、アメリカ人のフランク・マッコイが朝鮮を訪れた。
彼は国際連盟のリットン調査団に参加していた人物である。
そのマッコイが、朝鮮の様子を見て大変驚いたという話が残されている。
★当初、彼は朝鮮について、山は荒れ、産業も発展せず、昔ながらの生活が続いている場所だと思っていたという。
ところが、鴨緑江の鉄橋を渡って朝鮮に入ると、目の前には想像とはまったく違う景色が広がっていた。
山々には緑が広がり、農民たちは水田で一生懸命に働いていた。平壌などの工業地帯では工場の煙突から煙が上がり、駅にいる人々の服装も整っていた。
街の治安も保たれ、人々は秩序正しく行動していたという。
★そして、マッコイはこの光景を見て「東洋における一つの驚異を発見した」と語ったとされる。
この発言は、1950年に出版された鎌田沢一郎の『朝鮮新話』に紹介されている。
■ 日本が朝鮮に整備したもの
日本統治時代には、朝鮮各地で大規模な開発やインフラ整備が進められた。
・鉄道や道路の建設
・港湾の整備
・ダムや水力発電所の建設
・農業用水路や灌漑施設の整備
・製鉄、化学、機械などの工場建設
・学校や病院の整備
・上下水道など都市設備の整備
こうした事業には、日本政府の財政資金だけでなく、日本の民間企業からも多くの資金が投入された。
特に1930年代以降は、朝鮮北部を中心に水力発電や重化学工業が発展し、工業地帯も形成されていった。
鉄道ができれば人や物の移動が便利になり、発電所ができれば工場を動かす電力が供給できる。農業用水路が整備されれば、農業生産にも役立つ。
こうした一つ一つの事業が、朝鮮の社会や経済を大きく変えていったのである。
■ 日本は朝鮮を近代化した
日本統治時代の朝鮮では、約35年間にわたって鉄道、発電所、工場、学校、病院などが整備された。
日本からの資金や技術が投入され、農業や工業、交通など、さまざまな分野で大きな変化が起きた。
★現在の韓国が持つ近代的な産業や社会基盤の歴史を考えるうえでも、この時代に何が建設され、どのような経済発展があったのかを知ることは重要である。
RXtype retweeted
■従軍記者ジャック・ロンドンの記事の抜粋
■『朝鮮人たちはロシア侵略軍を永遠の敵と思いつつも、ロシアの進出を阻もうとする努力は全くしていなかった。
彼らはおびえきって逃げ惑っており……平壌の住民たちは恐怖に震えていた。住民のうち1万人はすでに平壌を離れており、鴨緑江近くから下ってくる避難民数万人は恐怖に陥っていた。
住民たちの間でロシア軍の残虐性に関する噂が広がるにつれ、大多数の人々は狂ったように避難の道に上った。しかし朝鮮人たちは日本軍を恐れず、むしろ日本軍の保護を受けようとした。
(1904年3月2日)』
■『私は日本軍のように秩序正しく静かな軍隊を見たことがない。民間人の誰もが日本軍を恐れていなかった。彼らは女性たちに手を触れず、略奪することもなかった。
「ロシア軍だったら……」と朝鮮人たちは言っていた。(日本兵)一人も無礼で騒々しい者はいなかった。彼らはただ兵士そのものであった。
ヘンリー・アレン将軍はこう言っていた。
「日本軍の歩兵は地球上のどこに置いても遜色がない。彼らはどこへ行っても名声を得るだろう」
(1904年3月5日)』
■■ 従軍記者ジャック・ロンドンが見た日露戦争と朝鮮半島の住民
1904年の日露戦争。朝鮮半島は、日本軍とロシア軍がぶつかる重要な戦場となっていた。
このとき、現地で日本軍と朝鮮人の様子を取材していたアメリカ人記者がいる。『野性の呼び声』などで知られる作家、ジャック・ロンドンである。
彼はアメリカの新聞「サンフランシスコ・エグザミナー」の従軍記者として朝鮮半島に入り、戦争の現場を取材した。
■ロシア軍を恐れて逃げ出す住民たち
1904年3月初め、ロンドンは平壌の様子について報告している。
当時、平壌ではロシア軍が接近してくるという情報が広がり、住民たちはパニック状態になっていた。
すでに約1万人が平壌から避難し、鴨緑江方面からも数万人の避難民が南へ逃れていたという。
ロンドンは、ロシア軍への恐怖が住民たちの間に広がっていたことを記録している。
一方、日本軍については、朝鮮の住民たちがそれほど恐れていなかったとも報告している。
住民たちは「もしロシア軍だったらどうなっていただろう」と考えていたという。
■日本軍の規律に驚いたロンドン
ロンドンは1904年3月4日付の婚約者宛ての手紙でも、日本軍について詳しく書いている。
彼が特に評価したのは、日本兵の規律正しさだった。
★日本兵は静かで、秩序を守り、占領した町でも騒ぎを起こしたり、酒に酔って暴れたりすることがなかったという。
また、朝鮮の住民に対しても礼儀正しく接していたと記している。
これは、当時の外国人記者が日本軍をどのように見ていたのかを知るうえで興味深い記録である。
■一方で、ロンドンは朝鮮人について厳しい評価も残している。
1904年4月7日付の新聞記事では、朝鮮の腐敗した政治や行政の問題を批判する一方、朝鮮人の能力や性格について書いている。
■歴史の現場を外国人はどう見ていたのか
ジャック・ロンドンの記録から分かるのは、日露戦争当時、ロシア軍の進出におびえて避難する朝鮮人住民が多数いたこと、そして日本軍の規律が外国人記者から高く評価されていたことだ。
RXtype retweeted
「日本軍が40万人殺した証拠出せよ。
南京で一番市民殺したのは
蒋介石の軍隊だ。
中国人が中国人を殺したんだよ。」
歴史を知ろう🤭
#中国共産党の人権侵害
#中国共産党は人類の敵
RXtype retweeted
東京裁判の記録
日本軍は、毎日、米・小麦・石炭を南京市民に食料配給と炊き出しするために1000袋以上運んでいました。
大虐殺どころか、30万人もの胃袋を満たすために動いていたのが日本軍です。最後には感謝もされています。
RXtype retweeted
戦後の混乱期、池袋診療所強盗殺人事件
ペニシリンを狙った在日朝鮮人強盗団、
看護婦を拳銃で射殺
昭和22年(1947年)、東京・池袋の診療所で、薬品を奪おうとした強盗団が夜間勤務中の看護婦を拳銃で射殺する事件が起きた。
狙われたのは、当時非常に高価で貴重だった抗生物質ペニシリンだった。
■診療所を襲った朝鮮人3人組
昭和22年11月4日午後7時頃、東京都豊島区池袋にあった池袋診療所に、3人組の男が侵入した。
男たちの目的は、当時、闇市場でも高値で取引されていたペニシリンなどの医薬品だった。
ところが、夜間当直をしていた看護婦に犯行を発見されてしまう。看護婦が大声を上げた瞬間、犯人の一人が拳銃を発砲。看護婦は撃たれて死亡した。
人の命を救うための診療所が、薬品を奪いに来た強盗によって殺人現場に変えられてしまったのである。犯人たちは薬品を十分に奪うこともできず、そのまま逃走した。
■戦後の混乱に乗じた組織犯罪
当時の日本は敗戦から間もない時期で、食糧や生活物資が不足し、闇市が各地に広がっていた。ペニシリンは貴重な医薬品であり、転売すれば大きな利益が得られる商品だった。
こうした社会の混乱の中で、医薬品や倉庫の物資を狙う犯罪も問題になっていた。
警察は強盗殺人事件として捜査を進めたが、当初は犯人の特定に至らなかった。
■260人が検挙された関東朝鮮人強盗団事件
事件解決の糸口となったのは、昭和24年(1949年)に発覚した大規模な強盗団の摘発だった。
警視庁が関東一帯で発生していた強盗・窃盗事件を捜査したところ、在日朝鮮人を中心とする大規模な犯罪グループの存在が明らかになった。
この捜査では、最終的に260人が検挙された。その内訳は朝鮮人215人、日本人45人とされている。
さらに、強盗殺人1件、強盗45件、窃盗861件という多数の犯罪が明らかになった。
■犯行グループは10人前後の集団をつくり、昼間に倉庫などを下見し、夜になるとトラックで乗り込んで鍵を壊し、大量の物資を運び出していた。
発見された場合には拳銃で脅したり、抵抗する者を暴力で押さえつけたりする手口だったという。
池袋診療所の事件も、この強盗団による犯行として結び付けられたと伝えられている。
■戦後の犯罪史に残る凶悪事件
この事件で犠牲になった看護婦は、ただ自分の仕事をしていただけだった。医薬品を盗もうとした強盗に気づいたことが、命を奪われる結果につながってしまった。
戦後の混乱期とはいえ、診療所にまで拳銃を持った強盗が押し入り、医療従事者が殺害されるという事態は重大である。
また、関東朝鮮人強盗団事件では、多数の朝鮮人が検挙され、大規模な組織犯罪の実態が明らかになった。
敗戦直後の日本が直面していた治安問題を考えるうえでも、記録に残すべき事件である。
RXtype retweeted
Replying to @dusmel_clean
清掃業ですが、監視カメラがあって募金箱を盗んで警察沙汰になった話を面接でするようになってから、外国人の辞退率が100%になりましたw
辞退と言っても誰ひとりとして連絡は寄越しませんでしたが。
🇯🇵 I'm Japanese.
I have a serious question for Americans. 🇺🇸
During WWII, military leaders faced a terrible dilemma.
How do you end a war as quickly as possible while saving the greatest number of lives?
I've always wondered…
🤝 Could diplomacy have ended the war?
🛢️ Could a naval blockade have forced surrender?
⚔️ Would an invasion have killed even more people?
🔥 Could massive bombing campaigns have shortened the war and ultimately saved millions of lives?
Now imagine a foreign military decides that bombing American cities is the fastest way to end the war.
Hundreds of bombers fill the skies.
🗽 New York burns.
🌆 Chicago is devastated.
🌴 Los Angeles is reduced to ashes.
🏙️ Baltimore and Cleveland are engulfed in flames.
More than 60 American cities are attacked.
In one night, nearly 100,000 people die in a single city.
Children are burned alive. Mothers desperately search for their families. Entire neighborhoods disappear.
But military leaders insist:
"These bombings will shorten the war and save millions of lives."
Would you support their decision?
Even if innocent civilians had to die?
Even if your own children were among them?
I genuinely want to hear the American perspective.
Please be honest.
Because this is not merely an imaginary nightmare.
This is what happened to Japan.
The United States bombed 66 Japanese cities during WWII.
And before those attacks, American researchers at Dugway Proving Ground built replicas of Japanese homes to study how effectively incendiary weapons could destroy them.
So I'm not asking whether America was justified in burning Japanese cities.
I'm asking whether you would support the same decision if it were your own country, your own city, your own home—and your own children burning in those flames. 🇺🇸
Yes or no?
🇯🇵 "But Japan attacked Pearl Harbor first!"
Yes. Japan attacked first. That is a historical fact.
But here's another fact many Americans may not know.
The attack on Pearl Harbor primarily targeted military ships and airfields—not residential neighborhoods.
According to the U.S. Navy, 68 civilians were killed. Most died from American anti-aircraft shells falling back onto Honolulu.
Some civilians were killed by Japanese attacks, and every innocent death matters.
But there is a profound difference between attacking military installations and deliberately setting entire residential neighborhoods on fire.
Does attacking first mean that your children lose their right to live?
Does it give the enemy the right to burn your family alive?
A nation's responsibility for starting a war does not erase the humanity of its civilians.
No child chooses war.
And no child deserves to burn for the decisions of their government.
RXtype retweeted
生活保護の支給日から、まだ1週間も経っていない頃。40代の男性が窓口に来た。
「金なくなった。何とかして」
「何に使われたんですか?」
「パチンコ」
悪びれる様子もなく即答。確認すると、家賃も払わず、保護費を数日で使い切っていた。
「使い切ったことを理由に、もう一度支給することはできません」
そう伝えた途端
参政、日本保守、国民は選挙区調整しないと壊滅。
【速報】自維国幹部、衆院比例定数31減に正式合意
47news.jp/15154185.html?utm_…
🇯🇵 我是日本人。
我想认真问中国朋友们一个关于第二次世界大战的问题。🇨🇳
我认为,参与战争的国家,都应该为战争造成的后果承担责任。
战争每持续一天,就有更多无辜的人失去生命。
因此,如何尽快结束战争、减少伤亡,是一个非常重要的问题。
我一直很好奇,中国朋友们会如何选择……
🤝 继续外交谈判?
🛢️ 继续经济封锁?
⚔️ 发动大规模地面进攻,付出更惨重的伤亡?
⏳ 继续等待,让更多人死于战争?
💣 或者,使用原子弹,迫使对方迅速投降?
假设投下一颗原子弹,就能提前结束战争,避免大规模地面进攻,甚至挽救数百万人的生命……
你会支持这个决定吗?
即使这意味着大量无辜平民会死去?
你认为,为了结束战争、拯救更多生命,这样的牺牲可以被接受吗?
我真的很想听听中国朋友们的看法。
请诚实回答。
因为有一件事,我还没有告诉你。
我说的原子弹,目标不是广岛,也不是长崎。
而是1945年的重庆。🇨🇳💣
那里是蒋介石国民政府的战时所在地,也是中国军队的重要指挥中心。
假如当时拥有原子弹的是日本,而日本声称,向重庆投下原子弹可以迫使中国投降、提前结束战争、拯救数百万人的生命……
如果你的家人就住在重庆,你还会支持这个决定吗?
同样的理由,只是交换了国家和立场,你的答案还一样吗?
🇯🇵 I’m Japanese.
I have a serious question for Americans. 🇺🇸
During WWII, the United States faced a difficult decision.
How do you end a war as quickly as possible while minimizing the loss of life?
I've always wondered…
🤝 Could diplomatic negotiations have worked?
🛢️ Could a continued blockade have forced surrender?
⚔️ Would a conventional invasion have cost even more lives?
⏳ Would waiting have only prolonged the suffering?
Now imagine that dropping an atomic bomb could end a war faster, prevent a costly invasion, and ultimately save millions of lives.
Would you support that decision?
Even if innocent civilians had to die?
I genuinely want to hear the American perspective.
Please be honest.
Because I’m not asking whether America was justified in dropping an atomic bomb.
I’m asking whether you’d support dropping one on the city where your family lives. 🇺🇸💣
Yes or no?
日本の大東亜戦争の目的は最初から「大東亜共栄圏」だったのではなく、時代とともに目的が変わり、戦争が拡大していったのです。
① 北進と満州国建国(1931〜1932年)
1929年の世界恐慌後、欧米列強は植民地を囲い込む「ブロック経済」を形成しました。
日本も資源や市場を確保する必要に迫られ、石炭・鉄・農地などが豊富な満州(中国東北部)を自国の経済圏に組み込もうとしました。
また、ソ連に対する軍事的な防衛拠点を確保する目的もありました。
これが満州事変と満州国建国の重要な背景です。
② 中国本土への戦争拡大(1937年〜)
1937年の盧溝橋事件から始まった日中戦争は、満州を確保するという当初の目的とは性格が異なります。
日本軍は南京まで攻略しましたが、蒋介石の国民政府は降伏しませんでした。
にもかかわらず、近衛文麿首相は1938年に「爾後国民政府を対手とせず」と声明を出し、蒋介石政権との和平交渉を打ち切りました。
私はこれが戦争を泥沼化させた重大な判断だったと考えています。
ここで注目したいのが尾崎秀実(おざき・ほつみ)という人物です。
尾崎は朝日新聞の中国問題専門記者で、近衛首相の政策ブレーンにもなった人物です。しかし、その正体はソ連のスパイ組織「ゾルゲ諜報団」の一員でもありました。
尾崎が中国情勢に関する情報や分析を通じて、近衛政権の判断を誘導した可能性も見えています。
日本が中国で戦争を続ければ、ソ連への軍事的圧力は弱まります。これはソ連にとって有利な展開であることが分かりますね。
③ 南進と対米英戦争(1940〜1942年)
本来の意味での「南進」は、東南アジア方面への進出を指します。
中国との戦争が長期化するなか、日本は石油などの資源を求めて東南アジアへ進出しました。
その結果、アメリカやイギリスとの対立が深まり、アメリカによる石油禁輸、アメリカのフライングタイガー組織承認などを経て、1941年12月の真珠湾攻撃と太平洋戦争に至ります。
つまり、北進は主に経済圏と対ソ安全保障の確保、南進はソ連スパイに騙されて中国本土での戦争が長期化し、結果的に戦略資源の獲得が必要になったという違いがあります。アメリカにソ連スパイが影響与えていたことも分かっています(ヴェノナ文章)。
1942年の日本に最初から一貫した世界征服計画があったと考えるより、誤った情報をもとに限定的な目的で始めた軍事行動が、相手の抵抗を読み違え、和平の機会を逃し、次々と新しい戦争を招いていったと見るほうが実態に近いと思います。
この構造は、ロシアがウクライナの抵抗を過小評価してキーウまで進攻し、戦争が長期化した経過とも似ていると感じます。
④ 欧米の植民地支配からの解放と戦後の独立戦争
日本は1943年の大東亜会議で、欧米の植民地支配からアジアを解放し、各民族の自主独立を尊重するという理念を掲げました。
そして見落とせないのが、1945年の日本敗戦後も、アジア各地に残り、現地の人々とともに独立戦争を戦った旧日本兵たちの存在です。
インドネシアでは、オランダからの独立戦争に多数の残留日本兵が参加し、軍事訓練や実戦に協力しました。戦死して現地の英雄墓地に埋葬された日本人もいます。
ベトナムでも、数百人規模の旧日本兵がホー・チ・ミン率いる独立勢力に加わり、フランスとの戦争に協力しました。
こうした旧日本兵の活動も、アジア諸国の独立の歴史を考えるうえで欠かせない事実だと思います。
🇯🇵 I’m Japanese.
I have an honest question for Americans. 🇺🇸
In 1942, Japan was expanding its control across Asia and the Pacific.
But what was Japan actually trying to achieve? 🇯🇵🌏
World domination? Resources? Security? Power?
I’m Japanese, yet I honestly struggle to understand what my own country was trying to accomplish back then.
What do you think Japan’s ultimate goal was?
I’d genuinely like to hear the American perspective.






























