サイバー攻撃を受けていた私のウェブサイト rolfinger.com を、とりあえず復旧させました。 ふう〜
これを機に、これまでの活動や執筆してきた論稿を整理しようと、WordPressを使わず、以前の制作方法に戻してサイトを再構築しました。
新しいサイトでは、Rolf Instituteの機関誌に寄稿した論稿を、AIによる日本語訳とともに掲載しています。
なかでも、恩師Carol Agneessens先生との共著論文 “Yielding: Engaging Touch, Presence, and the Physiology of Wholeness” は、私が提唱してきた「イールド(Yield)」のアプローチについて体系的に記述した、原著ともいえる論稿です。
ご関心のある方は、ぜひご一読ください。
rolfinger.com/Rolfing-Articl…
思いがけないことが起こるのがロルフィングですよね〜😁👍
【備忘録】ロルフィング
今日は田畑さん@rolferHT からロルフィングを受けて来ましたが、衝撃の体験でした。自分もロルフィングの施術者であり、ロルフィングを受けるということもしています。
しかし、このような体験は初めて。
あまりうまく書けないので書きませんが(笑)、かつて感じたことのない深い脱力。自分とマッサージテーブルとの間に一分の隙もないほどピタッとくっついている。
いやいや、全然書けない(笑)。
すみません。また、いつか。
ほんと、これは自分のための備忘録です。
安田さん(@eutonie )は、さりげなく書かれてますが、
「ともにこちらは「こうしよう」という意図は皆無。ただ、淡々とすべきことをしただけ。」
というのは簡単ではないです。意図を脇においても、"すべきこと"を知覚して、それが現れてくる"場"になっていないと成り立たない。
ロルファーの役割は、セラピストではなく、場のアンカーであり、触媒でもあり、transducerでもあります。
能のワキの役割とかなり重なるような気がします。
田畑さんのこの記事、読んでください。できれば何度か。しかも、ゆっくり、かつ考えながら。
僕がロルフィングの施術を最初にしたのは作家の林望さん。腰痛で10年間杖を使っていたのが3回のロルフィングで不要になった(僕の本に体験談が載っています)。
また、免疫学者の多田富雄先生は脳梗塞になられ拘縮があったけれども、ロルフィングをすると手足が伸び、とても喜ばれて非常に高価なお着物をいただいた。
が、ともにこちらは「こうしよう」という意図は皆無。ただ、淡々とすべきことをしただけ。そうすると、その方のからだが自然に開いてくる。
施術者は、ほとんど何もしていない。魔術でもないし、秘技でもない。
でも、施術者がいないとそれが現れない。不思議です。
✳︎ちなみに僕はロルフィングの本を書いた時に施術はやめました。だって本を書いて施術をしていると、なんか宣伝しているようでうさんくさいでしょ。僕が施術を続けるよりも、本によって多くの人がロルフィングを知って、他の施術者から受けていただいた方が絶対にいいからです。
溝辺 英子 (ロルファー) retweeted
“みんな不安だから不安の解消をしたくて、自分の信じることを患者にやらせたいのよ。みんな悪意のない優しい人なんだけど、優しい虐待なんだよね。
なんのために治療をするのか考えたいですよね。治療は手段であって目的ではありません。”
猫に小判|幡野広志
note.com/hatanohiroshi/n/n22…
田畑さんのこの記事、読んでください。できれば何度か。しかも、ゆっくり、かつ考えながら。
僕がロルフィングの施術を最初にしたのは作家の林望さん。腰痛で10年間杖を使っていたのが3回のロルフィングで不要になった(僕の本に体験談が載っています)。
また、免疫学者の多田富雄先生は脳梗塞になられ拘縮があったけれども、ロルフィングをすると手足が伸び、とても喜ばれて非常に高価なお着物をいただいた。
が、ともにこちらは「こうしよう」という意図は皆無。ただ、淡々とすべきことをしただけ。そうすると、その方のからだが自然に開いてくる。
施術者は、ほとんど何もしていない。魔術でもないし、秘技でもない。
でも、施術者がいないとそれが現れない。不思議です。
✳︎ちなみに僕はロルフィングの本を書いた時に施術はやめました。だって本を書いて施術をしていると、なんか宣伝しているようでうさんくさいでしょ。僕が施術を続けるよりも、本によって多くの人がロルフィングを知って、他の施術者から受けていただいた方が絶対にいいからです。
大人の事情もあって、そう呼んだり、生徒に釘をさしたけど、本音は別のところにあったようです。ただ、それを知ると腑に落ちることが多いこの頃です。
なぜIda Rolf 博士はRolfingを「an educational process」と呼んだのか|rolfinger @rolferHT note.com/rolfinger/n/n371b70…
溝辺 英子 (ロルファー) retweeted
「ゆだねる」とか「手放す」という言葉をよく見かける。
私の体感では、逆説的だけれど、自己コントロールがうまく働くようになるからこそ、コントロールを手放せるのではないかという感じがしている。
「ゆだねる」「手放す」には、少なくとも2つの違う状態があるように思う。
例えば、何かに強く反応してしまうとき。
① コントロールできないまま、手放そうとする
怒りや恐怖に引っ張られる。自分の反応を止められない。だから「気にしないようにしよう」「受け入れよう」と、さらに自分を制御しようとする。
手放すこと自体が、新しい努力や課題になる。
② 自己コントロールが機能するようになり、手放せる
神経系と身体の基盤が整って、動揺しにくくなる。動揺しても戻ってこられる。それにより自分が何に反応しているのかがわかる。必要なら注意を向け直したり、行動を選び直したりできる。
だから、反応を無理に消そうとしなくてもよくなる。反応が起きても、それに支配され続ける必要がない。
暴走馬車に乗っているのに手綱を離したら、事故の確率が上がるのは自然なことだ。
一方、よく調教された馬につながれた整備された馬車に乗っているなら、方向転換をするとき以外はゆだねておいてもいい。むしろ手綱を引きすぎれば、馬は混乱してうまく走れなくなっていくだろう。
システムの混乱を解いていくことで「ゆだねる」ことが有効になるのであって、混乱した状態で、ただ「ゆだねよう」とするだけでは、うまくいかないこともあるのではないかと思う。
大人の事情もあって、そう呼んだり、生徒に釘をさしたけど、本音は別のところにあったようです。ただ、それを知ると腑に落ちることが多いこの頃です。
なぜIda Rolf 博士はRolfingを「an educational process」と呼んだのか|rolfinger @rolferHT note.com/rolfinger/n/n371b70…
旨すぎてYONA
YONA WORKSに調査セット飲みに行ってしまいました🫶
ご褒美HAZYな有頂天エイリアンズですが限定改造は、最初にやはりっ✨なネルソンソービンホップの香が至福でございました🙏
#限定改造有頂天エイリアンズ大調査
旨すぎてYONA YONA WORKS行って調査セットしてしまった💦
どっちもご褒美HAZYなのですが、限定のほうは「やはりつ✨」なフワっと香るネルソンソービンホップにデレデレでーす🥰
#限定改造有頂天エイリアンズ大調査
統合的アプローチ
哲学博士で禅にも造詣が深かったRolf Institute上級講師Jeffrey Maitlandは以下のように述べています。
「ホリスティックな身体療法の実践には、全体を捉える眼が必要である。身体の機能不全を特定し、列挙できるだけでは十分ではない。」
「筋肉が短縮していることや、大腿骨が外旋していることを見極めるために必要な知覚能力と、全体性、あるいはクライアントの形態形成的な要請(morphological imperative)を知覚するために必要な能力との間には、きわめて重要な、根本的な違いがある。」
ー論考The Disclosive Power of Feelingより抜粋。
溝辺 英子 (ロルファー) retweeted
やなせたかしが亡くなる4カ月前に伝えたメッセージ 「自分が傷つくことも覚悟して、それでもやらずにはいられない、それこそが正義」〈やなせたかしさん きょう命日〉 dot.asahi.com/articles/-/294…
溝辺 英子 (ロルファー) retweeted
理事会のあと、平川君に会いに隣町珈琲に行ったら安田登さんが来ていて3人で懇談。安田さん、すごく元気になっていて、ぱくぱくご飯を食べてました。3人で記念撮影。
溝辺 英子 (ロルファー) retweeted
すごい話。年齢を重ねて物忘れが増えるのは脳の劣化では無く、進化だって。「人生の後半においては、新しく見聞きすることのすべてを暗記するより、知恵こそが必要になる」「だからこそ高齢者の脳内では、本質的でない細かな情報を削ぎ落とし、問題の核心へと一気にたどり着く能力が優先される」↓
溝辺 英子 (ロルファー) retweeted
足指を開く"だけ"では解決しません。
「足指を整えることから始めましょう」と私は言っています。あくまで始まりに過ぎません。
体幹深部とのつながりを見出すことなく、またアウターが緩む感覚を見出すことなく、足指を開く靴下履くだけインソール入れるだけという取り組みは
逆にアーチを固めたり落としたりしてしまいますので注意してください。
身体の一部分への取り組みをする時には
必ず全体性の変化を感じること。
全体性の統合を最後に向かえて終えること。
#魔女トレ
【備忘録】隣町珈琲での講座
余命を宣告されると、「死ぬまでにアイスランドに行きたい」とか「世界の美食を食したい」などと、今までふたをしていた欲望が湧き出て来るということをよく聞きます。
僕は海外は30カ国くらい行っているし、日本もほぼすべての都道府県を訪れている。そして、歯がないから食べ物に対する欲求は全然湧かない。
代わりに湧いてくるのが「いろいろな講座をしたい!」というもの。それも《自分》がしたいもので、お客さんが面白いと感じるかどうかは、あまり考えず(笑)。
とはいえ、自分で主催するのは面倒だし、知らない方の主催は気を使う(というわけで、それは募集しておりませんので)。
そんな時に最高なのが隣町珈琲さんです。
次から次へと講座のアイデアが浮かんで来て、それらをどんどん相談しています。
3カ月定住の住まいも隣町珈琲に行きやすいところにしました(笑)。
1974年のRolf Instituteの年次総会で行った講演の最後に、アイダ・ロルフ博士はこう述べている。
「あなた方ロルファーは、肉体という物理的なレベルだけでなく、より微細なエネルギーのレベル――サイキックな、そしておそらくスピリチュアルな領域――をも扱っている。
私自身、この後者の二つを明確に区別できる専門家だとは思っていないが。……そして最後に、皆で外に出てオーラを見てみようではないか」。
(『Rolf Institute Journal 』2003年6月号、第31巻第2号、15ページ)
はい、瞑想に一番近いと思います。
どう観るか?がすべてかもしれません。すでに仏教の中に実践法があるんですね。
安田さんにいろいろ聴きたい!
【備忘録】
田畑さん@rolferHT のロルフィング(ボディワーク)は、かつて自分もロルフィングの施術をしていた身からしても不思議。
ロルフィングに一番近いものは(と言っても全然違うけど)マッサージ。手技で身体に働きかける。
ロルフィングではこれを「介入」といいますが、田畑さんのロルフィングは介入も最低限。なのに、身体は変化する。
なぜなんだろう、とこの頃はよく考えているのですが、今朝、ふと思った。
肩の上部にシコリがある。これは体調が悪くなってからベッド生活が長く、そしてベッドでスマホを使っていたせい(今も:笑)
普段ならばセルフマッサージのような事をするのですが、今日は全身の力を抜いて、シコリには触れずに、しかしシコリの内部から観察してみた。
あ、観察というとちょっと強すぎる。眺める感じ。瞑想に近い。
それで15分くらい経った。そうしたらシコリが消えていた。
そうか。田畑さんのロルフィングは瞑想に近いのかも!と思った。
最低限の介入で、身体の瞑想を促す。それを自分ではなく田畑さんにしていただく事によって、《私の瞑想》ではなく《身体の瞑想》になる。すなわち観察している《私》もなくなり、《身体》が意志を離れて観察し、意志を離れて弛んで行く。
ちなみに今朝やった観察(瞑想)は、仏教の4つの観察、四念処のひとつ「身念処」です。
この話はいつかゆっくりします。














